高山植物の魅力(79)、オンタデ(御蓼)

ビーグル号の航海日誌 2012年12月15日 16:47

090922オンタデ雌株1@エコカフェ.JPG090922オンタデ雌株2@エコカフェ.JPGこの冬の寒さは厳しく、冬山遭難のニュースが重苦しいですね。近年、危険に対する人びとの注意力が散漫になっているような気がします。これまで安全や安心は空気のように当たり前のような存在と受け止められていたのでしょう。上高地へ向かう道路も冬期閉鎖され、白銀の静かな世界が広がっるのでしょう。ここでは初秋に撮影したオンタデを紹介します。写真は雌株です。[2009年9月22日撮影:上高地@山崎]

オンタデ(御蓼、学名:Aconogonon weyrichii (F.Schmidt) H.Hara var. alpinum (Maxim.) )はタデ科オンタデ属の多年草。ウラジロタデの高山タイプで日本固有種。分布は北海道大雪山系、本州中部地方以北に限り、亜高山帯から高山帯の風衝地、草地、砂礫、岩礫地、溶岩原などに自生。草丈は30pから100pほど、根は太く長さ1mにも及び、茎は時に帯紅紫色です。葉は互生し有柄、葉身15pから20pほどの卵形から長卵形で全縁、葉先はやや尖ります。葉表裏とも最初に毛が生えるが成長とともに脱落します。花期は7月から10月頃、雌雄異株、茎上部の葉腋から総状花序をだし、白色(花の終りの頃には帯紅色)の小花をたくさん密に咲かせます。小花は花弁は無く萼片5裂、雌花は雄蕊が退化し、雄花は雌蕊が退化します。果実は痩果で翼3つあり、紅色に熟します。

低地に自生するイタドリやオオイタドリはイタドリ属として別属で扱われています。イタドリの高山タイプオノエイタドリもイタドリ属に分類されます。オノエイタドリの紅色の花を咲かすものをメイゲツソウまたはベニイタドリとも呼ぶそうです。特に、富士山に自生するオノエイタドリをフジイタドリとも呼びます。なんともややこしいです。その上、オノエイタドリは葉の基部切形で、オンタデは葉の基部が丸いとしますが、混生地で両者を区別するのはほとんど困難です。


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東大寺南大門金剛力士立像は

091126東大寺南大門金剛力士立像吽行@エコカフェ.JPG091126東大寺南大門金剛力士立像阿行@エコカフェ.JPG奈良雑司にある東大寺、聖武天皇の創建当時には全国60余の国分寺の中心「総国分寺」でもあった。仏教が国づくりの中で普及していった時代でもあったようだ。世界文化遺産にも登録されています。南大門にある金剛力士立像を紹介しましょう。[2009年11月26日撮影:東大寺@山崎]

東大寺南大門は鎌倉時代の正治元年(1199年)に再建。天竺様という貫を多用する建築様式。門内の左右に向かい合う形で仏教の護法善神、つまり守護神である金剛力士立像が安置されています。風雨を避けるためでしょうか。開眼は建仁3年(1203年)10月3日、運慶・快慶らの手によるもので高さ8mを超えます。約3千の部材からなる寄木造りで、一体をたった70日で完成させたというから驚きです。まさに写実性に特徴のある鎌倉彫刻の代表作です。
091126東大寺南大門内部上部構造@エコカフェ.JPG向かって左側「阿行」は口を閉じ怒りを内に秘めた顔相で、如意棒を肩に担ぎ、右腰に手の平で如意棒の橋を掴んで押さえ、左手はひじを横に張って、手の平と指を思い切り開き、左胸の横で正面に向けます。右側には「吽行」は怒りを顕わにした顔相で、右手は肘を肩の高さで横に引き、手の平を広げて親指と人差し指で摘み、中指、薬指、小指は思い切り開き、左胸前で手の平を外に向けます。左手は脇を開けてひじを横に張り、如意棒を左腰でしっかり握ります。

法隆寺中門の金剛力士立像とは阿形像と吽形像の安置が左右逆になっているのはどうしてでしょうか。飛鳥時代には中門に安置されたのですが、東大寺では中門ではなく南大門ですから込めた意味合いも違ったのでしょうか。さてはて


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法隆寺中門金剛力士立像に

ビーグル号の航海日誌 2012年12月14日 05:47

091219法隆寺中門@エコカフェ.JPG奈良斑鳩にある法隆寺の回廊は時空を貫く強さがあることは先に触れたが、ここでは中門にある金剛力士立像について紹介したい。金剛力士立像については室生寺山門のものは色鮮やかでした。[2009年12月19日撮影:法隆寺@阿部]

金剛力士は仏教の護法善神、つまり守護神である天部のひとつです。仏教における諸仏は、悟りを開いた者つまり仏陀である「如来部」、修行中の「菩薩部」、如来の化身で民衆を導く「明王部」、仏法の守護神や現世的利益を導く「天部」からなります。091219金剛力士立像阿形@エコカフェ.JPG091219金剛力士立像吽形@エコカフェ.JPG天部は、古代インドのバラモン教の神々が密教に取り入れられたもので、金剛力士をはじめ梵天、帝釈天、四天王弁財天、吉祥天、毘沙門天大黒天、鬼子母神、十二神将、八部衆など多く存在します。法隆寺をはじめ日本の寺院では、寺門など寺院の入口に内部への仏敵の侵入を防ぐ目的で守護神としての金剛力士立像(仁王像とも)を安置します。そのため、お姿は上半身裸で筋骨隆々、向かって右に憤怒を顕わにした「阿形」、左に怒りを内面に秘めた「吽形」となっています。法隆寺の金剛力士立像の高さはおよそ3.8mもあり、奈良時代711年に造られ、現存する日本最古のものです。木造補修が施されたいますがもとは塑像、重要文化財に指定されています。うー、唸ってしまいます。

古の人びとの価値観としてなかなかの造形美です。怒りを外に顕わにしたり、内に込めて秘めたり、この二様が怒りの全てを表現しているのですから


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ヘラナレンも木本化

ビーグル号の航海日誌 2012年12月13日 09:49

120102ヘラナレン@エコカフェ.JPG小笠原諸島に自生するキク科の植物で独自に進化し木本化したものとしてヘラナレンがあります。写真は亜熱帯農業センターで保護栽培されているものです。先に紹介した母島のごく一部に分布するワダンノキやユズリハワダンも同様に木本化しています。この進化現象は島嶼効果のひとつでしたね。[2012年1月2日撮影:お正月の旅 小笠原2011年度@山崎]

ヘラナレン(学名;Crepidiastrum linguaefolium (A. Gray) Nakai.)はキク科ニガナ属の常緑小低木。120102ヘラナレン開花後@エコカフェ.JPG小笠原固有種、絶滅危惧TA類(CR)。分布は母島列島(母島、妹島、姪島)に限り、日当たりのよい風通しのよい林縁や草地などに自生(戦前までは父島でも野性自生)。アフリカマイマイノヤギなどの食害による枯死など個体数を減らしています。実生による更新も見られないそうです。樹高は1mから1.5mほどで、全株無網、葉は互生し枝先に輪生状に集生。葉身は10pほどの舌状倒披針形で全縁、葉先は鈍頭、基部で茎を包み、主脈が目立ち葉裏に突出します。花期は10月から11月頃、枝先近くの葉腋に円錐花序をだし、白色の5弁の小花を多数咲かせます。果実は翌年1月頃に熟します。ただし、訪花する在来ハナバチ類がグリーンアノールの犠牲になり結実する個体も激減しているそうです。まさにピンチです。

ヘラナレンと同じニガナ属で小笠原固有種のものとして、父島・母島に自生する常緑低木のユズリハワダン、父島にのみ自生する多年草のコヘラナレンが知られています。どちらも絶滅危惧TA類に指定されてます。世界自然遺産に登録された小笠原諸島ですが厳しい現実が目の前に横たわっているのです。


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ウラジロコムラサキ(裏白小紫)は独自進化

ビーグル号の航海日誌 2012年12月12日 06:27

100507ウラジロコムラサキ@エコカフェ.JPG小笠原諸島に生息する植物の多くは、このブログでも紹介したように、雌雄異株であったり、雄性両全性異株など両性株から雌雄異株への分化途上(進化の過程)にあったりしていることが知られています。このことは島嶼効果といって興味深い現象のひとつです。ウラジロコムラサキは乾性低木林のかわいい主役、強い日差しと極度の乾燥化に適応し、葉は厚く毛を密生させています。[2010年5月7日撮影:小笠原エコツアー「ケータ島沖(聟島列島)と小笠原固有植物の森をめぐる旅」@十川雅彦]

ウラジロコムラサキ(裏白小紫、学名:Callicarpa nishimurae Koidz)はクマツヅラ科ムラサキシキブ属の常緑低木。小笠原固有種。分布は小笠原諸島父島列島の父島と兄島に限り、風衝帯の岩場などの乾燥した場所に自生。野生ヤギの食害により激減し、絶滅危惧TA類(CR)、国内希少野生動植物種に指定。樹高は1m未満、葉は互生し有短柄で厚く、葉身は0.6cmから1.2pほどの小さな楕円形で葉縁に鈍鋸歯、葉先は鈍頭です。葉表は銀白色の細かな星状毛が密生するため銀緑色、葉裏は銀白色に綿毛が密生するため白緑色に見えます。若枝や葉柄にも銀白色の綿毛を密生するのが特徴です。花期は6月頃、雌雄異株、枝先の葉腋から集散花序をだし、桃紫色の小花をたくさん咲かせます。小花の花冠は4裂、雄花の子房は不稔で雌蕊花柱は短く雄蕊が長い。雌花は雄蕊が短く退化。果実は径約3mmの球形の核果で11月頃に紫紅色に熟します。

ウラジロコムラサキの仲間は、林縁の当たりのよい場所に自生するオオバシマムラサキ、やや湿性化した林内に自生するシマムラサキの2種が知られ、いずれも小笠原固有種であり、もともと同一の種が小笠原で適応放散したものと考えられています。


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オガサワラカラタチゴケ(小笠原唐立苔)は地衣類

ビーグル号の航海日誌 2012年12月11日 01:01

120101オガサワラカラタチゴケ2@エコカフェ (2).JPG120101オガサワラカラタチゴケ@エコカフェ.JPG小笠原父島の旭山南峰(標高:267m)に続く尾根筋は風衝帯にあたり、ムニンシャシャンボシマシャリンバイムニンアオガンピシマイスノキハウチワノキムニンネズミモチシマカナメモチテリハハマボウコバノアカテツシマムロなど矮性の乾性低木林が展開しています。シマシャリンバイの小枝に樹状の地衣類が着生していました。調べるとどうもオガサワラカラタチゴケらしいです。[2012年1月1日撮影:お正月の旅小笠原2011年度@山崎]

オガサワラカラタチゴケ(小笠原唐立苔、学名:Ramalina boninensis Asah.)はレカノラ目サルオガセ科カラタチゴケ属の樹状の地衣類。小笠原固有種。分布は小笠原父島列島、硫黄島に限られ、樹枝に着生。枝は扁平で分枝し、小さな刺状の小枝をもち、子器は円盤状です。地衣体を構成する共生藻は単細胞のトレボキシアとニセトレボキシアです。子器の中の胞子蓑には各8個の無色の胞子が入っているのがカラタチゴケ属の特徴です。名前の由来は刺状の小枝がカラタチの子枝に似ていることにあるようです。


オガサワラカラタチゴケの仲間には北海道と本州東北地方・中部地方(亜高山帯に局所的)に分布するササクレカラタチゴケ、北海道から九州に分布するイワカラタチゴケ、本州(太平洋側)、四国、九州、南西諸島に分布するコフキカラタチゴケ、北海道から九州の冷温帯に分布するカタタチゴケが知られています。カラタチゴケについては分子生物的アプローチによる系統分類などが期待されます。


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オオハマギキョウ(大浜桔梗)は木本化

ビーグル号の航海日誌 2012年12月10日 00:10

120102オオハナギキョウ小花@エコカフェ.JPG小笠原父島の亜熱帯農業センター温室に小笠原固有の植物もコレクションされている。この年末年始に父島に初めて行かれる人は訪ねてみてほしい。昨年のお正月に訪れたら、まさにオオハマギキョウが白い小花を咲かせていました。本来、草本のキキョウの仲間が島嶼での進化の過程で木本化した例とされています。起源はポリネシア系。島ではセンマイバ(千枚葉)とも言います。[2012年1月2日撮影:お正月の旅小笠原2011年度@山崎]

120102オオハマギキョウ@エコカフェ.JPG120102オオハマギキョウ花@エコカフェ.JPGオオハマギキョウ(大浜桔梗、学名:Lobelia boninensis Koidz.)はキキョウ科ミゾカクシ属の多年生草本が木本化した常緑草本性低木。小笠原固有種分布は小笠原諸島の父島列島東島、母島列島に限り、海岸近くの崖地や日当たりのよい草地に自生。絶滅危惧U類(VU)で父島などではヤギの食害が野生絶滅とも考えられています。島内で見られるのは母島産を植樹したもの。樹高は2mから3mほどで、葉は革質で光沢があり、幹の上部に輪生し、葉身は20cmから30cmほどの倒披針形、全縁で裏面にやや巻き込み、葉脈は裏面に突出します。また、落葉すると幹には鱗状痕が残ります。花期は5月から7月頃で、発芽後5、6年の成長した株の茎頂に複総状花序をだし、淡緑白色の小花を順次無数に咲かせます。雄性先熟。小花は5弁の合弁花、雄蕊は雌蕊を取り巻くように筒状に1本。果実は刮ハ、10月頃に熟し、1株で万単位のケシ粒大の種子を風散布します。散布が終わると株は枯れます。

島嶼効果といって絶海の孤島において進化の過程で草本が木本化することは、キク科で母島のワダンノキ、ガラパゴス諸島のスカレシアが代表的ですが、キキョウ科、スミレ科でも知られています。ハワイ諸島のキキョウ科のロベリアは、適応放散の結果、100種以上に種分化しているそうです。


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火の用心から戸締り用心へ

ビーグル号の航海日誌 2012年12月09日 15:04

消防車@エコカフェ.JPG世相。師走と言えば何を思い起こしますか。盆暮れ勘定のなくなった今日でも年越しのためのお金の算段は尽きないようだ。酉の市、羽子板市など商売繁盛や縁起担ぎの行事で賑わう。
昭和の頃は火の用心の声が巷で聞かれた。子どもたちから年寄りまでみんなで手分けして担当した。これは防犯の意味もあったようだ。そんな良き時代は都会では終わってしまった。

港区虎ノ門にある日本消防協会に『消防団情報プラザ』がある。4年ほど前に地域防災の理解の普及のために開設された。要するに地域防災を担う消防団員のなり手が少なくなっていることが背景にあるらしい。消防車A@エコカフェ.JPG消防車B@エコカフェ.JPG道路に面した展示コーナーには、昭和初期や明治期の腕用ポンプ車、ベル―蒸気消防馬車、纏模型などが紹介されています。

拍子木を打ちながら「火の用心、マッチ一本火事のもと」、今は昔。今日的な戸締り用心は、セコムやALSOKといった総合警備会社の提供するサービスにゆだねるしかないのだろうか!お巡りさんの夜のパトロールもよく見かけるが....。


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佐渡島、灯台のある風景

ビーグル号の航海日誌 2012年12月08日 20:00

120804尖閣湾の灯台@エコカフェ.JPG夢、猛烈な季節風に荒れ狂う日本海のどんよりした深い海。
安定した大地に仁王立ち、遠く日本海の遥か西方を眺望し、この土地の平和を願う。
ただただ、航海の安全と人びとの安寧を願う。

そこは昭和レトロな雰囲気が漂う不思議なところ。
風光明美な尖閣湾は時間がとまっているような錯覚を覚える。
断崖に海の安全を守る大崎灯台が立っている。
120804尖閣湾@エコカフェ.JPG夏の間の静けさとは真逆の吹きすさぶ風と荒れ狂う波の高く低く叫ぶ轟音の旋律。濃いブルーから光を失った暗黒のブルーに。
海の安全は待ったなしである。

この夏お世話になった伊藤屋の若旦那の言葉「佐渡には、異なる季節にまたぜひおいで下さい。ご案内します。」を思い出す。
真心のこもったおもてなしのありがたい言葉ではないか。


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建長寺に八方睨みの雲竜図が

ビーグル号の航海日誌 2012年12月07日 00:16

071225建長寺三門@エコカフェ(鎌倉).jpgここでも「龍」を取上げましょう。鎌倉の建長寺法堂天井に大きな八方を睨む『雲竜図』が描かれています。2003年(平成15年)に創建750年を記念し小泉淳作画伯の手によるものです。京都の建仁寺法堂天井の『双龍図』もそうでした。建長寺は建長5年(1253年)に創建、本尊は地蔵菩薩、開基は北条時頼、臨済宗建長寺派の大本山で山号を巨福山、寺号は建長興国寺です。[2007年12月25日撮影:鎌倉@阿部]

071225雲龍図@エコカフェ(鎌倉).jpg071225庭園と得月楼@エコカフェ(鎌倉).jpg「龍」は中国から伝来し、古来日本の自然崇拝の中で誕生した蛇神信仰と融合していったと考えられます。日本神話に登場する「八岐大蛇(やまたのおろち)」や古墳の四神のひとつ「青龍」、各地で民間信仰の「水神」、「龍宮」が祀られたりしています。中国では「五爪の龍」は皇帝・天子の象徴、属国とされた朝鮮半島では「四爪の龍」しか許されず、日本には「三爪の龍」しか伝えられなかったと言われています。また、「龍」は仏法を守護する空想上の瑞獣と考えられました。鎌倉時代に浄土宗、浄土真宗、禅宗、日蓮宗が登場すると、禅宗においては仏法を説く法堂の空間を守るために天井に「龍」を描くこととされたようです。建長寺の龍も建仁時の龍も現代に描かれたものであるためか、「五爪の龍」であって作者の力強い気迫が感じられます。

建長寺のある場所は鎌倉の中心部からひと山越えた北側の要所に位置し、もともと「地獄ヶ谷」と呼ばれる処刑場であって、地蔵菩薩を本尊とする心平寺が建っていたそうです。当時は集落の外に処刑場、火葬場があったようです。鎌倉では墓はやぐらです。江戸時代に寺請制度が徹底されると寺内に墓地ができ、浄土真宗で火葬、他宗では埋葬が一般的になってようです。


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タグ:自然観察会
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高台寺の臥龍廊と観月台

ビーグル号の航海日誌 2012年12月06日 20:37

091219臥龍廊@エコカフェ.JPG091219臥龍廊3@エコカフェ.JPGこのところ「」にまつわる記事が多くなっています。ついでではありますが高台寺にある臥龍廊を紹介します。八坂神社から近いのでぜひ立ち寄りたい名所のひとつです。[2009年12月19日撮影、臥龍廊、観月台:高台寺@阿部]

091219観月台@エコカフェ.JPG豊臣秀吉と北政所(ねね)の寺でよく知られています。高台寺は臥龍池と偃月池を中心にして造築されているという。庭園は小堀遠州作、桃山時代を代表するとされ、しだれ桜と萩、石組みが見事です。開山堂から臥龍池を越え北政所の墓所である霊屋へと?がる階段は臥龍廊と呼ばれます。龍が昇っていくような屋根の曲線、屋根瓦は龍の鱗片のようでず。その階段には4段毎に踊り場があり、階段上から見るとちょうどその踊り場だけが見えるように計算され、1段がとても高い階段に錯覚します。何を意図したのでしょうか。霊廟から引き留めるパワーの流れを演出したようにも思えます。もう一つの廊は開山堂から偃月池を越え書院に至ります。この廊の途中にねねが秀吉を偲びながら月を眺めたという観月台があります。実際に立ってみると風流です。

霊廟内部の須弥壇やねね所用と伝えられる調度品類などには金の平蒔絵蒔に秋草などが意匠されており、高台寺蒔絵と称されています。繊細にして絢爛です。また、高台寺境内には「傘亭」と「時雨亭」という伏見城から移築された秀吉好みとされる2つの素朴な茶屋があります。見どころ満載ですね。


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忘年交流会を前に法隆寺を回想

ビーグル号の航海日誌 2012年12月04日 13:33

091219法隆寺回廊@エコカフェ.JPG今年の忘年交流会は12月19日に開催します。3年前の12月19日、奈良生駒の斑鳩にある法隆寺を訪ねました。法隆寺は推古天皇15年(607年)の創建で世界最古の木材建築であって、仏教を篤く信仰し興隆した聖徳太子ゆかりの寺であるからです。聖徳太子は当時の呼称でないことから、教科書では「厩戸王(聖徳太子)」に変更されています。[2009年12月19日撮影:法隆寺@阿部]

厩戸王(聖徳太子)は、敏達天皇3年(574年)2月7日誕生で用明天皇第二皇子。飛鳥時代の皇族、政治家とされます。推古天皇のもと、摂政として蘇我馬子とともに政治にあたった。091128法隆寺金堂@エコカフェ.JPG091219法隆寺金堂二層支柱(鎌倉時代)@エコカフェ.JPGその功績は、大陸との国際的緊張関係のなかで遣隋使派遣を率先し、先進的な制度や文化を取り入れ、冠位十二階や十七条憲法を制定など中央集権国家体制の礎を整え、国情不安の鎮撫・国民の安寧のため仏教を興隆したたことにあります。民があってこそ国はある。国の存在は民があってこそのものです。ならば民は何を望んでいるのか。民は安寧を望む。民の集合体、共同体である国は縦に横に役割分担し成り立ちます。その国を統治するための機構を整備したのです。盤石な機構は公正で公平で透明であって民に受け入れられる必要があります。民も国も当時としては常に外からの脅威にさらされていることを前提にものごとを立脚させていたのでしょう

世の中は混沌としていますが、一条の光が射すよう巷の芥掃除をしましょう。自然と向き合うことでいろんな気づきをすることができます。一人よりも多くの人たちとの交流を通じてできることのほうが、ずーっと多いものです。エコカフェはフラットなプラットフォームですから、気が楽でよいとよく言われます。その分、主体的に動かないと刺激が少ないかもしれません。


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久米島、ミーフガーと地質史

ビーグル号の航海日誌 2012年12月01日 23:40

121030ミーフガー@エコカフェ(久米島).JPG久米島は古来「球美島(くみじま)」と呼ばれた。琉球で一番美しいという意味だそうです。島北西部の大和泊岸に高さ20m超の大きな奇岩があります。これがミーフガー(女岩とも)という拝所で龍宮神の中心、本来は感謝と祈りの場、女性が拝むと子宝に恵まれる御利益があると伝えられています。一方、兼城港にごく近い沖合にある小島にある岩柱をガラサーヤマ(男岩とも)と呼んでいます。[2012年10月31日撮影:久米島@阿部]

ミーフガーは一枚岩に穴が開いたものではなく、左側に琉球石灰岩、右側に凝灰角礫岩と異なる地質が寄添っているのだそうです。121030イリビシ石灰岩@エコカフェ.JPG凝灰角礫岩は径32mm以上の火山岩片と大量の火山灰が海底で堆積してできた岩石。新第三紀中新世中後期(約1000万年前から約600万年前頃)に、沖縄トラフが拡張しはじめたことでフィリピン海プレートの沈み込み帯で海底火山活動が起こったことによるものと考えられます。一方、琉球石灰岩は南西諸島中部(宝島を北限)から台湾までに及ぶが、第四紀更新世(250万年前から1.2万年前)で隆起と沈降を繰り返しながら形成されています。厚さは最大約150mにも及ぶが、古い時代のものは地殻変動の影響を大きく受けていると考えられます。ここも典型的な海食崖、海食棚などが見られます。

ミーフガーのある基盤部も凝灰角礫岩と考えられますが、海岸に近い場所では上部にイリビシ石灰岩といっって最終氷期(ヤンガードリヤス氷期)が終了し、完新世の気候最温暖期(約7000年前から約5000年前頃、縄文海進とも)に形成された珊瑚礁が隆起し岩石化したもののようです。


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久米島、五枝の松とウフガー(産川)

121930五枝の松@エコカフェ(久米島).JPG休暇をもらいのんびり離島の旅。今回は久米島です。沖縄本島から西方に約100km、沖縄諸島最西の島です。面積約59kuは宮古島に次ぐ大きさ、隆起珊瑚礁は一部で火成岩などからなる島、東に「ハテの浜」という全長約5kmの珊瑚洲島が連なるのが特徴です。[2012年10月30日撮影:久米島@阿部]

久米島空港から車で15分、西部丘陵地に位置する沖縄県立自然公園「五枝の松園地」に龍がのたうち回るように地を這う立派なリュウキュウマツがあります。枝張り面積は約150畳、もちろん、その枝を四方に張る容姿は見事で、国の天然記念物に指定、日本の名松100本にも選ばれています。121030五枝の松2@エコカフェ.JPG18世紀初頭、農業の神「トーテイクン」を祭った際に植栽されたと伝えられます。久間地集落の人びとの信仰の対象であって、「五枝の松」の樹下には拝所があり、近くには生活に利用してきたウフガー(産川)があります。

今でこそ久米島にも農業用や飲料用のダム湖が造られていますが、昔なかった頃、人びとはギラギラ太陽の輝く厳しい干ばつなどに苦しんだのだろう。私たちの時代はずい分と楽になった。その分何かを忘れ去ってしまったようだ。少しだけ古の感慨にふけってしまいました。


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カクレミノ(隠蓑)は照葉樹林の亜高木層を

121028カクレミノ@エコカフェ.JPG伊勢神宮内宮境内で見たカクレミノはヤブツバキ(藪椿)などとともに照葉樹林の亜高木層から低木層を構成する樹種のひとつです。第14回自然観察会で江ノ島の照葉樹林の森を訪ねましたが、そこでも観察することができました。[2012年10月28日撮影:伊勢視察@山崎]

カクレミノ(隠蓑、学名:Dendropanax trifidus (Thun.) Makino)はウコギ科カクレミノ属の常緑亜高木。分布は本州関東地方以南、四国、九州、南西諸島、台湾、長編半島南部に及び、温暖な二次林や照葉樹林の林内などに自生。121028カクレミノ樹皮@エコカフェ.JPG樹高は5mから7mほどで、樹皮は平滑で灰褐色、小さい皮目が目立ち、すーっと伸び分枝し、葉は枝先に互生し、葉身7pから12pほどで形状変異も大きい。芽生えは楕円形、幼樹では3深裂から5深裂、成長すると広卵形で全縁か2浅裂から3浅裂、これらが混生。花期は6月から8月頃、枝先に散形花序をだし、薄黄色の径約4oの5弁花をたくさん咲かせます。両性花のみの花序と両性花と雄花の混生する花序がありそうです。果実は径約1pの楕円形の液果、先端に雌蕊花柱が残り、12月頃に黒紫色に熟します。中には2個から5個の種子が入っています。

いろんな場所で見かけるのですが、まだ花も果実も見たことはありません。これからはもう少し注意深く観察していければと思います。


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鳳来寺山の紅葉と

ビーグル号の航海日誌 2012年11月30日 07:55

121124鳳来寺紅葉@エコカフェ.jpg奥三河の鳳来寺山の山頂近くに鳳来寺という真言宗五智教団本山があります。創建702年(大宝2年)、山号は煙巌山、本尊は薬師如来だそうです。[2012年11月24日撮影:鳳来寺山@中村敏之]

鳳来寺山(標高684m)は決して高い山ではありませんが山中の紅葉が見事なことで有名だそうです。この山には樹高約60mの日本で一番のっぽの杉の巨木があります。
鳳来寺山は約1500万年前頃の激しい火山活動によって短期間に形成された山塊であるという。旧火山帯(瀬戸内火山帯)の南端に位置します。日本列島の元の島々が日本海が開き大陸から分離した頃のお話です。121124鳳来寺大杉@エコカフェ.jpg121124鳳来寺@エコカフェ.jpg
江ノ島で観察した葉山層などは当時海底に降り積もった火山灰と砂岩が凝塊したものでしたね。エコツアーで訪ねた屋久島も四万十層に1500万年前、貫入した花崗岩が基盤になっていました。南紀白浜でも1500万年前の足跡を確認しています。ちょうど日本列島の重要な形成期にあるようです。

エコカフェの自然観察会などの活動では植物観察のほかに地質の勉強も取り入れています。なんとなれば、どんな植物が自生しているかは気象条件、水利条件、日照条件のほかに土壌条件が大きく影響するからです。蛇紋岩、カンラン岩、石灰岩などでは典型的に現れますね。


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伊勢神宮外宮はひっそり

ビーグル号の航海日誌 2012年11月28日 10:51

121028伊勢神宮外宮正宮@エコカフェ.JPG伊勢神宮外宮の創建は雄略天皇26年(478年)、御祭神は豊受大御神です。食物・穀物を司る神、今日では衣食住、産業の守護神として信仰されています。内宮の御祭神は太陽を神格化した女神である天照大御神、皇室の祖神であらせられます。ちなみに素戔嗚尊は天照大御神の弟にあたります。参拝の順序は外宮が先だそうです。参拝した時は雨が降っていた性もあるのでしょうか、内宮に比べて人が少なくひっそりしていました。霊験あらたかな気持ちになりました。[2012年10月28日撮影:伊勢視察@山崎]

121028土宮@エコカフェ.JPG121028多賀宮@エコカフェ.JPG外宮正宮には4つの別宮があります。多賀宮、土宮、月夜宮、風宮です。月夜宮は境外別宮、ほかは境内別宮だそうです。多賀宮の祭神は豊受大御神荒魂です。荒魂とは豊受大御神の荒ぶる魂を神格化しています。土宮の祭神は大土乃御祖神で外宮所在地の土地神です。
121028風宮@エコカフェ.JPG月夜宮は外宮境内外にあって、祭神は月夜見尊・月夜見尊荒魂です。天照御大神の弟で開拓の守護神だそうです。風宮の祭神はじ級長津彦命・級長戸辺命で風雨を司る神です。古くは末社扱いで風神社であったものが、1281年の元寇以降、国を救う祈願の対象として別宮に格上げされたそうです。

伊勢神宮は式内社で内宮と外宮の2つの正宮があって、別宮14社、摂社43社、末社24社、所管社42社、計125社を管理しているとそうです。全部廻るだけでも大変な上、参拝となると大変な日数がかかりますよ。お伊勢さんとは大変ありがたい場所なんですね。


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佐瑠女神社で天宇受賣命に祈願!

ビーグル号の航海日誌 2012年11月26日 22:31

121028佐瑠女神社@エコカフェ.JPG猿田彦神社を紹介したので、その境内の一角に小さな佐瑠女神社についても触れましょう。御祭神は天宇受賣命です。天細女命とも書く。おおらかな女性の神様で、芸能・鎮魂・縁結びの神様として信仰を集めてきました。[2012年10月28日撮影:伊勢視察@山崎]

日本神話に「天岩戸こもり」があります。天照大御神の弟に素戔嗚尊がいた。乱暴もので、ある時、機織りの女を殺してしまった。これに怒った天照大御神が岩戸に身を隠してしまうというくだりです121028猿田彦神社灯篭@エコカフェ.JPGすると、高天原も葦原中国(現日本)も太陽が隠れ、暗闇が支配し、災難に見舞われてしまったという。そこで、心配された八百万神々たちが、八咫鏡と勾玉飾り、白の幣と青の幣を榊の枝にかけ、祝詞を奏上し、神楽や舞踊を披露し、笑いと神秘の演出で天照大御神の関心を引き、岩戸から引っ張り出したという注連縄で岩戸入口を封鎖すると、再び神界も現界も平和な世に戻ったとされます。この時、天舞を披露したのが天宇受賣命です。後に猿田彦大神と結ばれ、「佐瑠女(さるめ)」と名乗ったという。猿田彦神社境内に佐瑠女神社が合祀されているのは納得です。しかも、各地の道祖神は猿田彦大神と同一視され、天宇受賣命が合祀されているという。江戸時代には道祖神信仰は地蔵信仰とも結びつきますます庶民の間に普及していったようです。

エコカフェの活動を応援してくれたUZUME(ウズメ)というレビュー集団。脚本は鵜飼彩子さん。なかなか斬新でストーリー性に優れた歌と踊りとトークによるレビューを披露してくれました。エコカフェのキックオフ会でもオリジナル・レビューで楽しませてくれました。懐かしいです。


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日本神話へ、猿田彦神社

121028猿田彦神社2@エコカフェ.JPG121028猿田彦神社@エコカフェ.JPG伊勢市の伊勢神宮内宮の近くに猿田彦神社が鎮座しています。主祭神は猿田彦大神とその子孫の大田命です。日本神話の世界から由緒を紹介しましょう。[2012年10月28日撮影:伊勢視察@山崎]

121028八角柱@エコカフェ(猿田彦神社).JPG国津神の猿田彦大神は天津神の天照大御神の孫に当たる邇邇芸尊(ニニギノミコト)が高天原から豊葦原中国(現日本)の筑紫日向の高千穂に天降る際に先導したという。先導後に故郷である伊勢の五十鈴川の川上へ、降臨に随伴した天宇受売神と一緒に戻り、一説に結婚したのち、伊勢阿邪訶(現松坂市)の海で漁労中に溺死。その子孫の大田命は垂仁天皇の第四皇女倭姫命に天照大御神を祀る地として献上。大田命の子々孫々は宇治土公と称し伊勢神宮の玉串大内人を奉職し、一方で屋敷神として祖神猿田彦大神を祀っていたという。猿田彦大神の姿については鼻長七咫、背長七尺、目八咫鏡とあり、天狗の原型と推察。「天地を照らす神」とあり、天照大神以前に伊勢の地で信仰されていた太陽神との説もあります。猿田彦大神は天孫降臨の案内役であったことから、江戸時代には村落の境界や辻を守る道祖神と同一視され、また、庚申塚、庚申講とも結びつき、庶民に広まっていったようです

明治時代になって屋敷神を改め神社としたのが猿田彦神社だそうです。交通安全、旅の安全、方位除けの神社としての信仰を集めます。本殿は「ひだひこ造り」特殊な入母屋造りで、方位を表す八角柱が鎮座しています。また、境内の片隅に芸能の神様、天宇受売命を祀る小さな佐瑠女神社(さるめじんじゃ)が愛らしく佇んでいます。


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要注意、コセンダングサ(小栴檀草)とは

ビーグル号の航海日誌 2012年11月25日 13:06

121124コセンダングサ@エコカフェ.JPGへえ、こんなところにまだ花が咲いているんだ。舌状花がないからコセンダングサである。もうすっかり頭上の木々は落葉し始めたというのに。晩秋になっても空地や公園の草地で咲いている草花はセイタカアワダチソウヒメジョオンセイヨウタンポポくらいではないか。[2012年11月24日撮影:渋谷区@山崎]

コセンダングサ(小栴檀草、学名:Bidens pilosa L. )はキク科センダングサ属の一年草。121124コセンダングサ葉@エコカフェ.JPG分布は北アメリカの暖帯域から熱帯域に及び、牧草地や荒地、河川敷などに自生。世界の暖帯から熱帯域に広く帰化、日本には江戸時代に移入し本州中部以西で広く見られる。草丈は50pから110pほど、葉は茎下部で対生、上部では互生、奇数羽状複葉(3枚から5枚)、小葉は倒卵状楕円形で葉縁に鋸歯、先は尖ります。葉両面に毛が散生します。花期は6月から11月頃、茎頂に頭花を数個咲かせます。頭花は小さく総苞片が1列8枚ほど目立ち、黄色の筒状花のみからなります。果実は痩果で剛い冠毛がつきます。

外来生物苞で要注意外来生物に指定され、地球温暖化とともに侵入域を関東以北にも北上させるものと考えられます。コセンダングサは種ない変異が大きく、染色体数が36、48、78のものがあり、変種としてコシロバナセンダングサ、シロノセンダングサ(アワユキセンダングサ)、ハイアワユキセンダングサが知られているそうです。ふーんです。


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