モウソウチク(孟宗竹)の勇壮美に

ビーグル号の航海日誌 2013年11月24日 13:23

091219高台寺竹林@エコカフェ.JPG高台寺の広い境内の一角に手入れの行き届いた美しい竹林があります。寒空の下でも蒼蒼としています。竹の種類はモウソウチクです。エコカフェがお世話になっている京都大学の柴田昌三先生は竹研究の大家、エコの寺子屋で神賀茂試験地でいろいろと勉強させていただいたことがあります。[2009年12月19日撮影:高台寺@阿部]

モウソウチク(孟宗竹、学名:Phyllostachys pubescens Mazel ex J. Houz)はイネ科マダケ属の単子葉類。091219高台寺竹林2@エコカフェ.JPG原産地は中国江南地方、日本には薩摩藩により琉球王国経由で移入され、北海道南西部、本州、四国、九州、南西諸島に広く帰化。一説には、801年(延暦20年)に海印寺寂照院道雄上人が唐から持ち帰ったともあります。樹高は10mから25mほど、稈は節を作りながら直立し、葉は枝先に8枚ほどが集生、葉身4cmから8pほどの披針形で先は尖ります。葉質は柔らかく無毛。筍の出現時期は4月から5月頃。67年に一度、花が一斉に咲きと枯れてしまう。タケの仲間は種毎に異なる固有周期を持っているようです。。

稈径は8pから20pほどで年輪がなく成長しない代わりに、枝が毎年分枝することから年数をカウントすることができます。鑑定中庭に植栽された孟宗竹は一部が枯れてしまいました。通気性と日当たりが問題なのかもしれませんね。


関連記事(祇園祭や京の暮らしを支えてきた里)⇒
関連記事(上賀茂試験地の思い出)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ



続きを読む
posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

サクラバハンノキ(桜葉榛の木)はデリケート

ビーグル号の航海日誌 2013年11月23日 12:53

110611サクラバハンノキ(NT)@エコカフェ.JPG国立博物館附属筑波植物実験所に植栽展示されているハンノキの仲間のサクラバハンノキを紹介します。自生のものかは確認していません。[2011年6月11日撮影:第46回草花教室@阿部]

サクラバハンノキ(桜葉榛の木、学名:Alnus traveculosa Hand.-Mazz.)はカバノキ科ハンノキ属の落葉小高木か高木。環境省レッドリストで準絶滅危惧(NT)。分布は本州関東地方以西と九州の太平洋側、国外では中国に及び、山地や丘陵地の水がしみ出る湿地や沢地に自生。樹高は5m、10mから20mほど、樹皮は灰褐色で平滑、葉は互生し有長柄、葉身10pほどの卵形、葉縁に細鋸歯、葉先は短く尖ります。葉表は光沢があり、葉脈には僅かに毛が生え、側脈は9対から12対で目立ちます。若葉は赤紫色を帯びるのが特徴です。花期は2月から3月頃、雌雄異花、葉の展開に先立ち、枝先に雄花序は下垂、雄花序の下の葉脇に雌花序4、5個が斜上。果穂は長径約2pの卵状楕円形、堅果は3oほどで翼がつきます。

サクラバハンノキの自生は水が湧くような場所に限られることから、開発の影響を受けやすく、湿地や沢地全体の生態系の保全が強く求められますね。


人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

カワラハンノキ(河原榛の木)

110611カワラハンノキ@エコカフェ.JPG国立科学博物館附属筑波植物実験園に植栽展示されている樹木のうちカワラハンノキを紹介します。[2011年6月11日撮影:第46回草花教室@阿部]

カワラハンノキ(河原榛の木、学名:Alnus serrulatoides Callier)はカバノキ科ハンノキ属の落葉小高木。日本固有種。分布は本州中部地方以西、四国、九州(宮崎県)の暖地丘陵帯の河原の岩がゴロゴロしていて水に浸かるような場所に自生。樹高は2mから5mほど、樹皮は暗褐色で皮目が疎らにつき、下部からよく分枝。葉は互生しやや厚く有短柄、葉身5pから10pほどの広卵形で葉縁に細鋸歯、葉先は鈍頭。葉表は濃緑色で葉裏は淡緑色、葉脈に毛が多く生え、側脈は5対から9対で目立ちます。花期は3月から4月頃、雌雄異花、葉の展開に先立ち、枝先に長さ7p前後の雄花序を2個から5個ほど下垂、赤褐色の花を咲かせます。雌花序は雄花序の下の葉脇に1個から5個ほど斜上、花は赤紫色です。果穂は長径1.5pから2pほどの卵状楕円形で蝋状膜に覆われ灰褐紫色、堅果は長径約3oの広卵形です。

この仲間にはケヤマハンノキやヤマハンノキ、ハンノキ、ケハンノキ、ミヤマハンノキ、ヒメヤシャブシ、オオバヤシャブシなどが知られ、それぞれ自生環境が異なることから環境適応が進み棲み分けしていると考えられます。



人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

ネジキ(捩木)は左巻き

ビーグル号の航海日誌 2013年11月22日 22:31

110611ネジキ@エコカフェ.JPG国立科学博物館附属筑波植物実験園にネジキという樹木を見たことがある。名前の由来にあるように樹幹が左巻きによじれる性質がある。別名にカシオシミとも言うようです。[2011年6月11日撮影:第46回草花教室@阿部]

ネジキ(捩木、学名:Lyonia ovalifolia (Wall.) Drude var. elliptica (Sieb. et Zucc.)Hond.-Mazz.)はツツジ科の落葉小高。分布は本州岩手県以南、四国、九州、国外では台湾、中国中南部に及び、日当たりのよい山地の斜面や尾根に自生。樹高は5mから9mほど、樹幹は直立し樹皮は淡灰褐色で縦裂し細長く剥離、新枝や新葉は赤味を帯びる。葉は互生し用紙質、葉身3pから11cmの卵状楕円形か長卵形、全縁で波打ち、葉先は鋭く尖ります。葉表裏ともに伏毛が生えます。花期は5月から6月頃、前年枝の葉脇から総状花序を水平方向にだし、長さ7mmほどの花冠が5浅裂した白色の壷状の花を等間隔でたくさん下垂させます。果実は刮ハでサラサドウダンやアセビと同じように上向きにつきます。

近縁種のアセビと同じように葉には毒成分としてテルペノイドのグラヤノトキシンが含まれるという。


関連記事(カラフルなイモムシは)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

伏見稲荷大社の千本鳥居

ビーグル号の航海日誌 2013年11月21日 00:03

130815伏見稲荷@エコカフェ.jpg京都伏見にあるのが伏見稲荷大社、名神大社に列し二十二社のひとつで全国の稲荷神社の総本山。創建は711年(和銅4年)2月7日、伊侶巨秦公(いろこのはたのきみ)が勅命を受けて伊奈利山(現、稲荷山)の三峯にそれぞれの神を祀ったことが起源。秦氏の氏神。[2013年8月15日撮影:京都伏見@虻川]

稲荷山全体を神域とし、その麓に本殿、本殿の山側背後に斎場と千本鳥居、稲荷山神蹟群が山頂に向かって続きます。伏見稲荷@エコカフェ.jpg伏見稲荷2@エコカフェ.jpg鳥居の奉納は江戸時代に始まったといいます。稲荷神は江戸時代に全国的に商売繁盛を司る神として広まり、現在約3万以上あるそうです。御祭神は稲荷大明神で五柱、主祭神を宇迦之御魂大神、佐田彦大神、大宮能売大神、田中大神、四大神を配神とします。農業の神様であって、五穀豊穣、商売繁盛、交通安全にご利益があるという。

稲荷神は別名「御食津神(みつけがみ)」とあり、当て字で「三狐神」とも。古代より春の田植え時期に「山の神」を里に「田の神」として迎え、豊穣を祈り、秋に収穫が終わると豊穣に感謝し演芸奉納をし、「田の神」を「山の神」として山に帰すといった自然崇拝と狐が山と里を行き来する習性が相まって稲荷神の使いとされた。お稲荷さんは狐が神様ではないのですね。


関連記事(須佐神社はシンボル的)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

大コ寺と一休和尚

ビーグル号の航海日誌 2013年11月20日 23:32

大徳寺興臨院_n.jpg京都洛北紫野にある大コ寺、臨済宗大コ寺派総本山。創建は1325年(正中2年)、開基は大燈国師宗法妙超、本尊は釈迦如来です。桃山時代に武将たちが建てた塔頭の数は20を超え、どれも洗練された美しい枯山水庭園を伝えています。興臨院は畠山義総の建立。貴族、大名、豪商、文化人など多くの庇護や指示を受けて栄えたが、応仁の乱(1467年から77年)により荒廃。これを一休和尚が再興したという。[2013年11月7日:京都洛北@青柳]

大徳寺塔頭_n.jpg塔頭 総見院 信長公のお墓_n.jpg大徳寺の隆盛も後醍醐天皇没後、足利幕府下では京都五山から外されたため座禅修業に専心していったという。臨済宗の寺格には五山十刹とある。鎌倉・室町時代には幕府・公家の氏寺五か所を選ぶ献策があり、建長寺、円覚寺、寿福寺、浄智寺、浄妙寺を鎌倉五山と定めた。また、南禅寺を五山の上に置き、天竜寺、相国寺、建仁寺、東福寺、万寿寺を京都五山とした。五山では文学・学問が盛んであったという。中国の風水思想にある五感、五体、五臓をはじめ多くの物や事柄が五行(木、火、水、土、金)の5要素で成り立つということに由来するそうです。なお、京都十刹として等持寺、臨川寺、真如寺、安国寺、宝幢寺、普門寺、広覚寺、妙光寺、大徳寺、龍翔寺が定められたという。

室町・江戸時代を通じて、一休和尚、沢庵和尚をはじめ多くの名僧を輩出し座禅修業に専心。茶の湯の世界とも縁が深く、千利休、小堀遠州などの茶人とも関係が深かったため、今日まで多くの茶道具や茶室、絵画などの文化財が残されています。


関連記事(石垣島川平観音堂は古を今に)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

蘇我入鹿の首塚と五輪塔!?

入鹿の首塚@エコカフェ.jpg飛鳥寺の西門から100mほど西の田んぼの中に一基の五輪塔がある。俗に「入鹿の首塚」と呼ばれているが、五輪塔と首塚は結びつかず、真意は疑わしい。正式名称は五輪塚五輪塔、鎌倉時代のものらしい。

時は6世紀から7世紀前半、蘇我稲目、馬子、蝦夷、入鹿ら蘇我氏は、政略結婚により天皇家に近づき、物部氏を代表とする廃仏派豪族を滅ぼし、大和朝廷の権力を掌握していった。蘇我氏の氏寺である飛鳥寺の南には皇極天皇が造営した飛鳥坂蓋宮があった。宮の大黒殿が大化の改新乙巳の変の舞台となった場所とされる。高句麗、百済、新羅の三韓の使者が皇極天皇に調(贈り物)を捧げる儀式の最中に、中大兄皇子、中臣鎌足、佐伯連子麻呂、葛城稚犬養連網田により蘇我入鹿が暗殺されたという。その時に刎ねた首は首塚まで600mも飛んでいったという。後世その念を封じ供養のために建てられたとか。

五輪塔とは南北朝時代(1336年から1392年)を中心によく建てられたお墓の形式。密教では塔婆の立体的な形式で、五大(体)を表し、宇宙の根本を司り、下から方形、球形(三角錐)、三角形、半球形(半月型)、団形(宝珠型)の石を積み、それぞれが地、水、火、風、空を表現するのだそうです。


関連記事(首切り地蔵の伝承から)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

聖徳太子ゆかりの橘寺

ビーグル号の航海日誌 2013年11月19日 22:35

橘寺@エコカフェn.jpg今日ではのどかな田園風景が広がる明日香村、そこには聖徳太子ゆかりの橘寺がある。寺伝によると聖徳太子(厩戸皇子)出生の地であるらしい。橘寺は正式名称を仏頭山上宮皇院菩提寺、天台宗寺院。寺伝によると606年(推古14年)に創建、開基は聖徳太子。天平時代から平安中期にかけて隆盛を極め、本尊を聖徳太子・如意輪観音とする。

聖徳太子といえば飛鳥時代を代表する人物のひとり、574年(敏達3年)に誕生、地政学的緊張状態にあった我が国を救うため、遣隋使を派遣して大陸の文化・制度を移入し、冠位十二階や十七条憲法を制定し、中央集権国家の確立を目指し、仏教の興隆に大きく貢献することで、その事態を打開していったと考えられる。その実在の真意は揺らいでいますが。

橘寺の名前の由来は、垂仁天皇の命により不老不死の果実を探しに行った田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことにあるという。発掘調査では山田寺式伽藍配置、鎌倉時代以降衰え今に、境内には善悪2つの顔が刻まれた二面石や3つの副柱の穴をもつ五重塔の塔心礎石ばかりが残っています。


関連記事(忘年交流会を前に法隆寺を回想)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

凛とした飛鳥大仏に魅せられて

091125釈迦如来坐像@エコカフェ.JPG明日香村にある飛鳥寺安居院は蘇我氏の氏寺、587年(用明天皇2年)発願、創建は596年(推古天皇4年)、開基は蘇我馬子。現在は真言宗豊山派。飛鳥寺は法号を法興寺または元興寺、710年の平城遷都とともに奈良市に移した寺を元興寺と称し、飛鳥寺を本元興寺とも呼んでいます。[2009年11月25日撮影:明日香村@山崎]

本尊は飛鳥大仏と称される釈迦如来。金銅丈六仏で百済からの渡来人である鞍作止利(止利仏師とも)の作とされ、作者を同じとする法隆寺の釈迦三尊像にとてもよく似ています。飛鳥大仏@エコカフェ.jpgアーモンド・アイと呼ばれる大きく張った目、口角が上がった唇、細長い顔が特徴です。この仏様は、この地に動かざること1400年の時を超え、寺の趨勢もさることながら世相の移り変わりをただただじっと必死に見守ってこられたのです。

創建当時の飛鳥寺は塔を中心に東西と北に金銅を配しその外側に回廊をめぐらした伽藍配置、豊浦寺(現、向源寺)とともに日本最古の本格的仏教寺院という。887年(仁和3年)と1196年(建久7年)に落雷による火災で本堂焼失、寺勢は衰え、現在の本堂は1828年(文政11年)に再建されたものだそうです。


関連記事(法隆寺中門金剛力士立像に)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

石舞台古墳は古代のロマンを

091128石舞台@エコカフェ.JPG091128石舞台天井@エコカフェ.JPG古今東西、巨石による古代遺跡は注目を浴びるものだが、飛鳥地方(現明日香村)には多くの未解明の石造物が残されている。もっとも明日香村にある石舞台古墳は墳丘の盛り土が失われたため横穴式石室が露出したものとして明らかにされています。[2009年11月29日撮影:奈良県明日香村@山崎]

披葬者は大化の改新で滅ぼされた蘇我入鹿の祖父、蘇我馬子とする説が有力。日本書紀によると飛鳥時代626年(推古34年)5月に埋葬。発掘調査の結果、墳墓は方墳であって、一辺51mの方形基壇の周囲に貼石された空濠をめぐらし、さらに南北83m、東西81mの外堤をめぐらしていたとされます。両袖式の横穴式石室で南西方向に開口、総重量2300tの花崗岩約30個から組まれています。石は傍らを流れる冬野川の上流約3q、多武峰の麓から運ばれたという。

飛鳥地方中心に周辺には、謎の石造物として猿石、石人像、人頭石、二面石、亀石、亀型石造物、マラ石、弥勒石、須弥山石、酒船石、車石などが知られています。


関連記事(ストーンヘンジに夢を馳せ)⇒人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

樫原神宮は朱塗りに彩られ

橿原神宮@エコカフェn.jpg樫原神宮は畝傍山東麓にあって春日大社とともに初詣の参拝者数が多いことで知られています。畝傍山東麓の樫原神宮の北側には神武天皇御陵があります。[2013年11月7日撮影:樫原神宮@青柳]

創建は1890年(明治23年)4月2日と近代。明治天皇が民間請願を受け、紀元前660年2月11日に第一代天皇の神武天皇の即位の礼が行われた宮址に創建したもので、主祭神は神武天皇、媛蹈韋五十鈴媛皇后(ひめたたらいすずひめこうごう)を配祀。神武天皇は皇孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の降臨の地である日向国、高千穂の宮にいたが、遥か東遷し幾多の困難に遭遇した後、ついに大和の国を中心とした中つ国を平定、国の基礎をつくられたとされます。

毎年、2月11日の建国記念日には勅使参向のもと紀元祭が行われます。4月3日には神武天皇祭も行われ多く参拝者で賑わうという。


関連記事(平泉中尊寺と仏教の変遷)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

須佐神社はシンボル的

ビーグル号の航海日誌 2013年11月18日 02:15

須佐神社@山口香林_n.jpgヤマタノオロチの神話に須佐之男命は英雄として登場。「スサ」とは「荒れる」や「洲砂=砂鉄」を意味するとも、この神様の性格を象徴しているように思われます。

須佐神社は淳和天皇の天長年間(824年から834年)に現在の地に遷祀、もとは宮尾山山麓にあったという。主祭神は須佐之男命(素戔嗚尊とも)、妻の稲田比売命、その両親の足摩槌命、手摩槌命を配祀。須佐之男命は乱暴な行為により、姉天照大御神が岩戸にこもり、高天原を追放されて出雲鳥髪山(現、船通山)に降り立ち、八岐大蛇を退治。国荒神的性格をもち疫神でもあることから、後に仏教における祇園精舎の守護神牛頭天王と習合していったと考えられています。

末社に、天照社(天照大御神)、東西社(祭神は天忍穂耳命、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野樟日命、市杵嶋姫命、田心姫命、湍津姫命)、三穂社(祭神は三穂津比売命と事代主命)、稲荷社(祭神は稲倉魂命)、随神門(祭神は豊磐間戸神、櫛磐間戸神)を擁し、なかなかです。


関連記事(宵の銀ぶら一丁目の回顧)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

出雲大社は古代神話のベールに

出雲大社@山口香林_n.jpg出雲大社2@山口香林_n.jpg神有月、旧暦10月11日から17日、出雲には全国から八百万の神々が国づくりの神議のため出雲大社に参集。その間、各地で田の神や家の神とされる荒神様が留守をするとされます。

出雲神社の創建は神代、主祭神は大国主大神です。国土(豊葦原瑞穂国)を拓き、農業・漁業を勧め、医業を開始した救いの親神様と言えるようです。『日本書紀』によると日本民族の大御祖の神である天照大神に私心なく国を譲り、感動した天照大御神が天日隅宮(出雲大社)を造り、第二子の天穂日命を仕えさせたという。天穂日命の子孫が出雲国造と称し祭祀を担い、現在は第84代出雲国造千家尊祐宮司氏が継いでいるそうです。

出雲神話にはヤマタノオロチ退治、因幡のシロウサギ、大国主の神話、葦原中国平定などがあります。夜はますます更けそうです。


関連記事(神様をお迎えする稲佐ノ浜)⇒
関連記事(伊勢神宮外宮はひっそり)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

都心も一気に紅葉が

ビーグル号の航海日誌 2013年11月13日 23:41

131113アカメガシワ@エコカフェ.JPG131113ケヤキ@エコカフェ.JPGこの2日間は一気に冷え込み、公園の木々も紅葉が進んでいるようですね。

ケヤキもアカメガシワも黄葉が美しいですね。



人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ




posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

ニシキギ(錦木)のブランコ

ビーグル号の航海日誌 2013年11月11日 23:45

011011ニシキギ果実@エコカフェ.JPG091011ニシキギ@エコカフェ(新宿御苑).JPG木枯らし到来か。10月には台風騒ぎだったというのに今宵は随分と冷えます。紅葉も一気に進んでいるようです。よく見るニシキギという木は世界三大紅葉に数えられるほどに鮮やからしいです。ぜひ愛でてみたいものです。ここでは果実をつけるニシキギを紹介します。[2011年10月11日撮影:新宿御苑@阿部]

ニシキギ(錦木、学名:Euonymus alatus (Thunb.) Sieb.)はニシキギ目ニシキギ科ニシキギ属の落葉低木。分布は北海道、本州、四国、九州、国外では朝鮮半島、中国に及び、丘陵から山地にかけて自生。樹高は2mから3mほど、樹皮は灰褐色、小枝にコルク質の翼がつくのが特徴、葉は対生し、葉身5pから7pほどの卵状楕円形で葉縁に細鋸歯、葉先は尖ります。花期は5月から6月頃、葉腋から集散花序をだし、淡緑色の小花をたくさん咲かせます。花は径約7mm、萼片4裂、花弁4枚、雄蕊4本。果実は長径約7mmの楕円形の刮ハ、赤褐色の種皮に包まれるが、晩秋には裂開し朱色の仮種皮に包まれた種子2個をぶら下げます。

小枝に翼のないものをコマユミといってニシキギの品種として扱われます。仲間のマユミは翼がなく果実が裂開すると種子4個がぶら下がります。ツリバナでは5個、マサキは4個だそうです。なんともです。


関連記事(ニシキギの愉しみは)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ



続きを読む
posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

サキシマスオウノキ(先島蘇芳木)は板根王

ビーグル号の航海日誌 2013年11月10日 14:50

120211サキシマスオウノキ@エコカフェ.JPG今週末16日午後1時から「夢の島熱帯植物館」で第52回草花教室を開催します。南西諸島など熱帯・亜熱帯の植物を観察することができます。ここではサキシマスオウノキを消化します。この木は本来なら板根を立派に発達させ大地に根を張るそうです。[2012年2月11日撮影:第49回草花教室@阿部]

サキシマスオウノキ(先島蘇芳木、学名:Heritiera littoralis Dryand.)はアオイ目アオイ科サキシマスオウノキ属の常緑高木。分布は南西諸島奄美大島以南、国外では熱帯アジア、熱帯アフリカに広く、マングローブ林のある湿地内陸側に自生。樹高は5mから15m、時に25mほど、樹皮は灰色から褐色で薄片状に剥離、葉は互生し、葉身10cmから20pほどの倒卵状長楕円形、全縁で葉先は鋭頭から鈍頭まで。葉裏は銀灰色の鱗状毛が密生します。花期は5月から7月頃、雌雄異花、葉腋から7cmから18cmほどの円錐花序をだし、多数の淡黄緑色の花を咲かせます。果実は長径約5cmの扁平楕円形の木質の堅果で海流散布します。

沖縄諸島や先島諸島ではかつてサキシマスオウノキの板根を利用してサバニ(船)の舵としたという。樹皮は染料や薬用として利用されます。名前の由来は樹皮を染料として利用するマメ科のスオウにならったという。材も堅く建材や船材など多様されます。なるほどですね。


関連記事(オキナワウラジロガシ(沖縄裏白樫)の巨樹を)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ




posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

サツマイモ(薩摩芋)の季節

ビーグル号の航海日誌 2013年11月09日 01:01

131103サツマイモ@エコカフェ.JPGサツマイモの美味しい季節になりました。サツマイモは60℃ほどで長時間加熱すると酵素の働きででんぷんが糖に転化し甘味が増すそうです。石焼きイモはまさに蜜がねっとりして極上の味がします。良質なでんぷんのほかビタミンCや食物繊維も豊富です。とにかく生命力が強く、食べていて元気をもらうような気がします。

サツマイモ(薩摩芋、学名:Ipomoea batatas L.)はナス目ヒルガオ科サツマイモ属のつる性植物。131103サツマイモとヤマイモ.JPG原産地は南アメリカ大陸ペルーの熱帯地方、スペイン人かポルトガル人により東南アジアに移入、フィリピンから中国を経て日本(宮古島)に1587年頃伝来。つるは土を被せると不定根を発生することや根に菌根菌を共生させていることからやせた土地でもよく繁殖します。戦時中はつるさえ非常食としてお粥のようにして食べたと聞きます。

現在ではベニアズマ、金時など品種改良が進み、鹿児島県、茨城県、千葉県、宮崎県、徳島県などで盛んに生産されています。素材をそのまま活かした石焼き芋や乾燥芋のほか、煮つけたり、天ぷらにしたり、芋焼酎、スウィートポテトなどの原材料として使われます。


関連記事(ノアサガオ(野朝顔)は一日花を)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

ムニンフトモモ(無人蒲桃)は鮮やかに

ビーグル号の航海日誌 2013年11月08日 20:00

120211ムニンフトモモ新芽エコカフェ.JPG今週末16日午後1時から「夢の島熱帯植物館」で第52回草花教室を開催します。小笠原諸島に固有の生態系を身近にして学ぶことができます。ありがたいことです。前回に訪ねた時に見た植物の中から固有種のムニンフトモモを紹介します。ムニンフトモモはムニンフトモモ属約40種の中では北限に位置します。[2012年2月11日撮影:第49回草花教室@阿部]

ムニンフトモモ(無人蒲桃、学名:Metrosideros boninensis (Hayata)Tuyama)はフトモモ科ムニンフトモモ属の常緑小高木。ムニンフトモモ@エコカフェ.JPG小笠原固有種で絶滅危惧TB(EN)。ポリネシア系。分布は父島と兄島に限り、潮風の当たる山地斜面のやや乾燥した陽向地を好んで自生。樹高は3mから6mほど、樹皮は赤褐色でアセビに似、葉は対生し厚く、葉身は楕円形で全縁、葉先は尖ります。葉表はクチクラ層が発達し光沢があり主脈が目立ちます。花期は9月頃、枝先に散房花序をだし、赤桃色の小花をたくさん咲かせます。果実は濃茶紫色に熟します。

この仲間には広域種で小笠原では外来種のキバンジロウ(バンジャクロ)バンジロウ(グァバ)は白色の花でしたね。小笠原固有種で絶滅危惧U類のヒメフトモモの花は淡ピンク色でした。何故、小笠原では目立つ色に分化したのでしょうね。


関連記事(アデクは亜熱帯性)⇒人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ



posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

ヒメレンゲゴケはのっぽさん

ビーグル号の航海日誌 2013年11月05日 22:00

ヒメレンゲゴケ@エコカフェ.JPG善光寺の境内では石塔や古木の樹皮に着生した蘚苔類や地衣類を観察することができます。同定するのがなかなか難しいのですが、幹が裂け枝が折れたビャクシンの老木の近くの石塔上に苔と一緒に樹状地衣の仲間が顔を出していました。調べてみるとヒメレンゲゴケのようです。

ヒメレンゲゴケ(学名:Cladonia pityrea (Florke) Fr.)はハナゴケ科ハナゴケ属の樹状地衣。分布は日本では北海道、本州、四国、九州に及び、平地から山地の日当たりのよい地上や岩上、樹幹に生育。草丈は1pから5cmほど、子柄は円筒状でほとんど枝分かれせずすーっと伸び、先端に小さな盃をつけます。子柄には1mmから3mmほどの小さな鱗葉がつき、粉芽はついたりつかなかったりするという。盃の縁につく子器は茶色です。写真でも僅かに確認できますね。

ヒメレンゲゴケも他の粉芽をもつ地衣類と同じように、子器で生産される胞子で増殖するだけではなく、脱落した粉芽が無性生殖で新たな命を繋いでいくことができます。体内に藻類を獲得していることからすぐに成長できるのも面白いですね。


関連記事(エビラゴケ(箙苔)は苔ではない)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

サトイモ(里芋)は縄文古来より

ビーグル号の航海日誌 2013年11月04日 22:00

131103サトイモ@エコカフェ.JPG里芋にはいろんな品種があり、今が季節です。子芋のみを食する子芋専門種、親芋が大きくなる親芋専門種があり、前者は粘りの強い「土垂」、「石川早生」、後者は筍に似た「京芋」、縁起物でお正月などに食する「八つ頭」、最近スーパーでよく見かける「セレベス」が代表的だろう。葉柄を「ずいき」ともいい乾燥させた「いもがら」として保存し、水戻ししてから煮付けたり、酢の物にして食べるととても美味しい。いわゆる田舎料理でしょう。

サトイモ(里芋、学名:Colocasia esculenta Schott)はサトイモ目サトイモ科サトイモ属の単子葉植物。原産地は熱帯アジアのマレー地方、日本には稲作よりも古く縄文時代後期以前(紀元前2500年頃)に移入。草丈は200cmほど、地下茎(塊茎)は発達し、子芋、孫芋を伴います。根生葉を4、5枚束生、葉身は50pほどのハート形。葉の表面に球状の透明細胞が密に覆うため、高い撥水性を有します。熱帯雨林の森でも雨後いち早く太陽の光を浴びて光合成をするためと考えられています。花期は8月頃、花は仏炎苞内に肉穂花序をだし、上部に黄色い雄花、下部に緑色の雌花を多数密に咲かせます。

里芋は東南アジアや太平洋諸島などでは「タロ」と呼ばれ、これを主食とする文化圏を「タロイモ文化圏」というそうです。この地域では古くから食されていることから品種や食べ方などは地域や民族によって極めて多様性が認められます。人びとから古くから必要とされてきたのは、里芋の「ねめり成分」にあるようです。細胞活性化効果があるとされるムチン、免疫力向上や血中コレストロール抑制の働きがあるというガラクタン、便秘予防によいとされるマンナンが含まれているんだそうですよ。


関連記事(クワズイモ(不食芋)は食えず芋)⇒    関連記事(サトイモ科)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


続きを読む
posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ