水主神社は神代から

ビーグル号の航海日誌 2014年05月17日 09:11

140505水主神社@廣瀬n.jpg香川県大内町(現、東かがわ市)に「水主(みずし)」という地名があり、由緒ある水主神社がある。古くから大水主大明神が鎮座し、大水主御社として人びとの信仰を集めていた。創建は、文武・元明天皇の時代。現祭神は倭迹迹日百襲姫(日本書記)(夜麻登々母々曽毘売命(古事記))で大水主大明神の化身。神社本殿真後ろには孝霊神社、左右には熊野三社と国玉神社があります。[2014年5月5日撮影:香川県@広瀬]

社伝によると、弥生時代後期、西暦168年、倭迹迹日百襲姫は大和の黒田宮で孝霊天皇皇女として誕生。140505水主神社A@廣瀬n.jpg140505水主神社B@廣瀬n.jpg171年、女王卑弥呼の死後の度重なる争乱を避けるため、孝霊天皇の伯耆国への派遣にあわせ讃岐国に派遣、水主の里宮で成人を迎えるまで住んだとされる。姫は呪術に優れ、人びとに弥生米を与え、水源を教え、水路を整備し、雨祈で雨を降らせ、文化を興隆したとされます。成人になると高松の船山神社に移り、孝霊天皇のほうは吉備国平定のため吉備中山に移られたという。140505水主神社C@廣瀬n.jpg孝霊天皇を祀った孝霊神社があるのは姫が皇女であり、孝霊天皇もこの地を訪問しているためでしょう。

山上には姫の御陵といわれる古墳があり、境内の付近からは縄文時代の石器、弥生・古墳時代の土器が多数発見されています。時代は下り、室町時代に入ると、与田寺の増吽(ぞううん)僧正が熊野三社を勧請、水主三山(虎丸山・那智山・本宮山)と称するもその頃からであろう。


関連記事(吉備津彦神社はいわゆる国社)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※エコ・カフェ事務局が承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/96699502
※エコ・カフェ事務局が承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

▲このページのトップへ