岡山城天守閣は復元

ビーグル号の航海日誌 2014年05月12日 07:45

140318岡山城@青柳_n.jpg戦国時代、正平年間(1346年から1369年)に築かれた石山城が岡山城の起源、時は下り1597年に大きく増改築、城郭構造は梯郭式平山城、天守構造は複合式望楼型4重6階に。残念ながら天守閣は1966年(昭和41年)に復元、鉄筋コンクリート製。[2014年4月18日撮影:岡山市@青柳]

岡山城も例外ではなく築城当時から城主が変遷するたびに改築が重ねられているという。築城は上神高直、その後に宇喜多氏が備前西武から美作、備中に勢力拡大した頃に城郭の基礎が確立、小早川氏、池田氏と引き継がれていった。当時、旭川河口域デルタ地帯には3つの小高い丘(石山、岡山、天満山)があり、宇喜多氏が石山城の城主となると隣の岡山に本丸を築き、140318後楽園@青柳n.jpg石山城を取り囲むように城郭が造り、岡山城と称するにようになったという。

下見板が黒漆塗りの外観であるから別名に烏城ともいう。岡山城は立地からして北側から東側にかけて城郭が築けず防御が手薄になるため、旭川の流路を変えて緩衝に後楽園を整備し、文武両道としたとも考えられています。


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