荷川取の人頭税石は歴史の中で

ビーグル号の航海日誌 2013年09月30日 23:28

101010人頭税石@エコカフェ.JPG巷では消費税率上げが話題に。税率を上げるのは何のためだったのだろうか。一方で復興のための嵩上げ法人税率のみの引き下げが議論になっているようだ。[2010年10月11日撮影:宮古島エコツアー@阿部]

1609年、琉球王国が薩摩藩に支配下となり徴税が始まると、ほどなく王府は財政難に陥り、1637年から財源確保のため先島諸島の人びとに厳しい人頭税を課したそうだ。101010人頭税石看板@エコカフェ.JPG当初は、頭数(人口)を基準に税(粟・織物)を賦課するもので役人の見立てにより税を納めさせたが、1659年には、頭数の増減に関係なく「定額人頭税」制となり、さらに1710年には年齢(15歳から50歳)を基準に税(男は穀物、女は織物)の賦課が行われるようになった。この人頭税制は1903年(明治36年)1月1日の新税法施行されるまで続いたという。宮古島平良字荷川取のかつて宮金家の大通り(ウンミャガーニのウプユマタ)と呼ばれる人びとが集まった場所にひとつの「石柱」が立っていて、「人頭税石」とか「賦測石」と呼ばれている。高さは143cmほどでこれを超える身長の人は人頭税が課されたと民俗学者・柳田國男が「海南小記」の中で伝承を紹介している。史実と異なることから、人頭税制の導入当初の役人の見立ての頃に、高さを目安として税を賦課されていたのではないかと類推する向きもあります。

他にも「屋敷神」とか「陽石」「図根点」などの諸説があり定かではないようです。「宮古島のへそ」と呼ばれるパワースポットにも庭石「石柱」が立っていています。さてさて。


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