檜岐歌舞伎が脈々と伝えるもの

ビーグル号の航海日誌 2013年09月11日 00:51

130907桧枝岐歌舞伎舞台@エコカフェ.JPG江戸時代から明治時代にかけては日本各地で農民歌舞伎が行われていたという。中でも子供だけで行われるものを子供歌舞伎と呼ぶ。農民歌舞伎では檜枝岐歌舞伎や秩父の小鹿野歌舞伎、伊那の大鹿歌舞伎がよく知られたところだろう。民俗芸能として発し、舞台芸術に発展し、郷土舞台芸として再び村落に回帰したのだそうだ。[2013年9月7日撮影:檜枝岐歌舞伎視察@山崎]

檜枝岐歌舞伎は最も古く、270年以上の歴史があるそうだ。130907鎮守神@エコカフェ(桧枝岐村).JPG130907星好久さんの奥様@エコカフェ(桧枝岐村).JPG夏の公演は、延宝3年(1675年)に村社・鎮守神社の祭神(鎮守神)として勧請した燧大権現(カツラギヒトコヌシノカミ)と駒岳大明神イザナギノミコト、アメモワカヒコ)の二神に奉納します。春の公演は、愛宕神社(享保20年(1735年)建立)の災害から守り五穀豊穣を司る愛宕神に奉納するそうです。鎮守神社境内にある茅葺屋根、総檜造りの現在の舞台は、明治26年焼失後に再建されたという。舞台脇には頭上を覆うようにヤマザクラの老木が立派である。花を咲かせる頃は得も言われぬ美しさであろう。

檜枝岐村の人口は600人強、村人でつくる「千葉之家花駒座」により代々受け継がれてきた。かつてこの地を襲った幾多の災害に耐え、共同体を維持する崇高な鎮守神と愛宕神に奉納し、村民らも共通の楽しみとしてきた。日本人の原点「」が脈々と受け継がれていることに驚かされます。


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