平家の落人と言われる所以

ビーグル号の航海日誌 2013年09月10日 23:35

130907歌舞伎通り@エコカフェ(桧枝岐村).JPG檜枝岐村は燧岳、周囲を燧ヶ岳、駒ヶ岳、帝釈山などの山々に囲まれ、また、有数の豪雪地帯として冬期は深い雪に閉ざされ、一面白銀の世界となり、長く時間が止まったかのようになってしまう。山々は村にとって要塞ともなり、半ば陸の孤島のようにして純潔を保ってきたのではないだろうか。[守護神社鳥居、歌舞伎伝承館、2013年9月7日撮影:桧枝岐歌舞伎視察@山崎]

村人の姓は「」「平野」「」の何れかだそうだ。130907歌舞伎伝承館見学@エコカフェ.JPGこの地には縄文時代の遺跡もあり、古くは小屋の原と呼ばれ、小屋仕立て10数件の集落、獣と木の実の狩猟採集生活をしていたと推察。延暦13年(794年)、紀州国牟婁郡星里から清原金晴が移住、「星」の起源と考えられています。家紋は「九曜星」。永禄12年(1569年)、勢州治田から橘助兵衛、橘好正が移り滝沢に居を構え、「橘」姓が始まるとの古文書があるという。家紋は「御前橘」。しかしながら、「平野」については一切の記録がなく、桧枝岐の言葉が京なまりと似ていること、家紋が「揚羽蝶」で平家と同じだそうです。確かに村内では犬や猫、鶏などを見かけることもなかった。

以上のことから、檜枝岐村は平家の落人村と考えられているのです。初めての土地を訪ねるといろいろな気づきをさせられるのが楽しみです。狭い国土と言われながらも地域によって風習や風俗、文化の多様性が認められることに興味が尽きません。なぜ人びとは過去に培った価値観を守ろうとするのでしょうか。


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タグ:檜枝岐村
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