南三陸町とチリを繋ぐモアイ像とは

ビーグル号の航海日誌 2013年04月30日 22:58

120311モアイ像@エコカフェ(志津川).JPGこの5月下旬、南三陸町の人びとにチリ政府から新造のモアイ像が寄贈されるそうだ。その像はチリ沖西4000kmの絶海の孤島、イースターに産する凝灰岩から造られたという。何故に南三陸町とチリが。本来モアイ像はイースター島の巨石像群であって7世紀から1千年の年月の間に造られたものだ。像にはマヌ(霊力)が宿ると言われているそうだ。

時は53年前の昭和35年(1960年)、チリ地震津波により南三陸町では53名が犠牲になった。30周年追悼を祈念して、南三陸町(当時:志津川町)は「復興と友好」のシンボルとしてモアイ像をチリから輸入。そのモアイ像も残念なことに先の大津波で頭部損壊。昨年、南三陸町を訪れたチリのピニェラ大統領はそのことを知って、東日本大震災からの復興に必死に立ち上がり、心一つに合わせて懸命に努力している町の人びとの姿に感銘し、寄贈を申し出たのだそうだ。

私たちにとってモアイ像は遠く太平洋を挟んだ両国の「復興と友好」への願いを超え、「私たち人類と自然との共生」を訴えるシンボルでもあって欲しいと思う。かつて、緑豊かな椰子の生い茂る森があったイースター島、伐採による自然破壊が原因で人びとまでもが1千年の後に滅んでしまった。そんな歴史を繰り返さないためにも。幸い、南三陸沿岸は山が海に迫り、古くから山は「魚付き森」といって、漁師たちは豊かな漁場を維持するために、植林をし下草を刈り、森を守ってきた。森は雨水にミネラルを加え、豊穣な海を育てる働きがあることを生きる知恵として代々受け継いでいる。何とも素晴らしいことではありませんか。何とも。


by トノサマガエル

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