首無し尊徳は昔を今に

ビーグル号の航海日誌 2013年04月28日 14:28

100505二宮尊徳像@エコカフェ.JPG小笠原諸島父島の旭山山麓の旧海軍通信隊跡地の草地に「首無し尊徳」と呼ばれている二宮尊徳像が静かに佇んでします。父島を訪ねたらぜひ寄っていただきたいですね。かつて大村尋常小学校にあったものを戦時中に海軍通信隊がこの地に移設し、戦後、占領下にあった時代に米軍により首が切り落とされたと伝えられています。[2010年5月5日撮影:小笠原エコツアー「ケータ島沖(聟島列島)と小笠原固有植物の森をめぐる旅」@梅田]

今日、小学校の校庭に二宮金次郎こと、二宮尊徳の薪を背負って読書をする像はあまり見られないような気がします。1904年以降、国定教科書に修身の象徴として二宮尊徳が取り上げられた。kのように学校教育において国家的指導として「金次郎」が利用されたのは、二宮尊徳が実践した自助的な農政を立身モデルとすることで、自主的に国家に献身・奉公する国民の育成を目的とした統合政策の展開があったからと考えられています。校庭などに二宮尊徳像が建てられるようになったのは、1920年代以降、国家の政策論理に商機を重ねて同調した石工、石材業者らによって全国に広まっっていったらしいです。二宮金次郎は天明7年7月23日(1787年9月4日)生まれ、江戸時代後期の農政家・思想家で、「報徳思想」を唱えて「報徳仕法」と呼ばれる農村復興政策を指導したといいます。

日本がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の協議参加したことで、今後の日本の農業のあり方が論争となっています。国づくりの中で日本人の精神性をしっかり踏まえてよい結論を導き出してほしいものですね。


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