四谷見附の土手で花見を

ビーグル号の航海日誌 2013年03月28日 23:55

130328さくら@エコカフェ.JPG現四谷見附には江戸城総構えの外周をなす外濠の土手が残され公園として利用されています。土手の眼下の真田濠は太平洋戦争による戦災の灰燼を処理するために埋め立てられ、現在は上智大学に無償貸与、テニスコートに使用されています。この土手は桜の名所にもなっています。[2013年3月28日撮影:四谷見附@青山]

江戸城には外濠が廻らされ防御のため36見附が目を光らせていたという。130328桜@エコカフェ.JPG今も赤坂見附、四谷見附、牛込見附などが地名に残っている。そもそも「見附」とは枡形門(枡形をした城門)の外側に面した部分のことで、見張りの番兵を配置されていたそうだ。三代将軍徳川家光の時の「天下普請」により、四谷見附には長門藩主毛利秀就により、江戸城の西の防御のため、寛永13年(1636年)に城門石垣、寛永16年(1639年)に枡形門が築かれたという。枡形門の構造は、濠に面した小さく狭い高麗門、入ると矩形の空間、左右の何れかに直角に折れた面に、大きく頑強な造りの渡櫓門がある。この門の上には侵入した敵を弓や鉄砲で一網打尽にするための櫓(矢倉)があったそうだ。外濠に架かる木橋はやや小さめで有事の時は切り落として敵の侵入を防いだという。

多くの人びとが桜の花に見いっていました。なぜここに土手があるのか。なぜテニスコートが低い所にあるのか。そんなことは知る由もないのです。

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