八坂神社の今昔を

ビーグル号の航海日誌 2012年12月22日 20:00

091219八坂神社楼門@エコカフェ.JPGエコカフェ関西事務所に行く時には必ずといってよいほど八坂神社にもお参りさせていただいております。八坂神社は「祇園さん」とか「八坂さん」として親しまれ、厄災除去の疫神として信仰を集めています。社伝によると斉明天皇2年(656年)にこの付近に素戔嗚尊(スサノオノミコト)を祀ったことが縁起。御祭神は素戔嗚尊櫛稲田姫命八柱御子神です。 櫛稲田姫命は素戔嗚尊の妻、八柱御子神は8人の子どもたちです。古く明治初期の神仏分離令以前は、御祭神は牛頭天皇、八王子、頗梨采女であったといいます。[2009年12月19日撮影:八坂神社@山崎]

091219八坂神社看板@エコカフェ.JPGそもそも牛頭天王は祇園精舎の守護神ともされる仏教由来の神であって、神道の素戔嗚尊と習合。頗梨采女は牛頭天王の后であったことから櫛稲田姫命に、8人の子ども八王子(総光天王、魔王天王、倶魔羅天王、得達神天王、良侍天王、侍神相天王、宅神相天王、蛇毒気神天王)は八柱御子神(暦神の八将神:太歳神、大将軍、太陰神、歳刑神、歳破神、歳殺神、黄幡神、豹尾神)に比定されていたのです。このことは、平安時代になり、古来の自然崇拝からの生まれた神道に、神仏習合の考えが取り入れられ、中国から日本にもたらされた陰陽五行思想、陰陽道とそれに基づく道教、が結びついて人びとの間に厄災除去の疫神の信仰が広まっていったのです。昔の日本人の他を受け入れる知恵がそこにあるわけです

神仏分離により八柱御子神は、天照大御神とその弟の素戔嗚尊との契約で化生したとされる五男三女神に変更されたようです。時の政権が歴史を都合よい報告の整理してしまったようです。八坂さんでは元々の八柱御子神を祀られているようです。夏の祇園祭は今日では風物詩のようになってしまった感もありますが、京の人びとの心には古の心が息づいているように思われます。


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