首切り地蔵の伝承から

ビーグル号の航海日誌 2012年10月12日 23:14

120728首切り地蔵@エコカフェ(春日山).JPG春日山周遊コース、高山神社から山間を少し下ると三叉路が現れ、休憩所が用意されている場所があります。この三叉路のガマズミの木の脇に首切り地蔵が左手に宝珠をのせ、右手に錫杖を執って旅人の安全を約束してくれているようです。[2012年7月28日撮影:奈良・京都視察@阿部]

説明看板に次のようにあります。「荒木又右右衛門がためし斬りしたと伝えられる首切り地蔵です。彫刻の手法から鎌倉時代の作と思われます。谷川沿いに登ってきたこの道は滝坂道と呼ばれ、江戸中期に奈良奉行により敷かれた石畳の道は、昭和の初めまで柳生方面から奈良へ米や薪炭を牛馬の背につけて下り、日用品を積んで帰っていくのに使われたものです。」平安時代以降、極楽浄土に往生の叶わない衆生は、必ず地獄へ堕ちるものという浄土信仰が強まり、道教の十王思想と結びついて地獄における責め苦からの救済を求めて地蔵菩薩が冥界の教主として信仰されるようになります。鎌倉時代には辻に祀られ、戦いの守り仏ともなったそうです

江戸時代になるとそれまでの疫病悪鬼が集落に入らぬよう護る道祖神信仰とも結びつき、集落の結界(境界)や街角、辻に地蔵菩薩が広く祀られるようになり、多くの庶民が信仰の対象として参拝すると「縁結び」そして「子育て」へと発展し 亡き我が子が三途の川を渡るため岸辺に積む小石を蹴散らかす邪鬼から守ってくれる仏といつしか崇められ、「子供や水子を守る」今日のような地蔵信仰になり、地蔵盆も盛んになったのです。街角のお地蔵さんが洗い清められ、新しい前垂れを着せられ、飾り付けてなどがされます。


関連記事(佐渡島宿根木の共同井戸は)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ



posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※エコ・カフェ事務局が承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/59143752
※エコ・カフェ事務局が承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

▲このページのトップへ