達谷窟毘沙門堂は古を今に

ビーグル号の航海日誌 2012年01月30日 03:10

達谷窟毘沙門堂1@エコカフェ.JPG奥州平泉に征夷大将軍・坂上田村麻呂が建立したとされる達谷窟毘沙門堂がある。縁起によると蝦夷を平定した801年に京都清水寺舞台を模して精舎を創建し、108体の毘沙門天を祀ったことに始まる。現在のものは昭和36年に再建され五代目になり、もとは清水寺の舞台を参考にしているという。
ここは田村信仰の発祥の地でもあり、田村麻呂を毘沙門天の化身とし「戦の守護神」として信仰。802年(延暦21年)には別当寺として達谷西光寺が開かれ、平泉隆盛時には藤原の清衡・基衡父子が七堂伽藍を建立したとされる。田村信仰は広まり、戦国武将の上杉謙信は「毘」を旗印としたほどである。[2010年8月20日撮影:窟堂@山崎]達谷窟毘沙門堂階段@エコカフェ.JPG達谷窟毘沙門堂2@エコカフェ.JPG

この窟堂は古を今に伝える。戦のない今日、古の戦に敗れた者たちの御霊を鎮魂し、戦争のない世の創造を祈願してやまない。多くの御霊が清い心を取り戻しこの世に輪生するであろうことを感じながら、今となっては静寂ばかりが支配するこの窟堂を一度は訪ねてみよう。

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