「七草の節句」はいずこに

ビーグル号の航海日誌 2010年01月07日 02:51

01070001.jpg今日は「人日(じんじつ)」とか「七草の節句」といって、五節句のひとつで、本来の意味が忘れ去られ、七草粥を食べる風習のみが残っているようだ。そこで、本来の意味を少し考えてみよう。

七草の節句は五節句のひとつで、江戸時代に広く庶民に定着したという。
古来中国では1月7日(人日)に7種の野菜に肉などを入れた熱汁を食べて無病を祈る風習「七菜粥」があったという。967(康保4)年施行の「延喜式」によると、日本でも平安時代には1月15日(小正月)に七種粥(餅粥)を食し、邪気払いをしたとされる。両者の関係は明らかではないが、中国から移入したものが日本的に理解されたためであろう。
この頃は、米、粟、黍、稗、蓑米、胡麻、小豆の7種の穀物であった。もっとも古来より日本では稲作が発達し、1月1日に山に戻った祖霊や田の神(穀物神)年神様として呼び戻し祝う自然崇拝の風習があったことに関係していそうだ。14世紀頃には、七草粥とし、芹(せり)、薺(なずな:ぺんぺん草)、御形(ごぎょう:母子草)、繁縷(はこべ)、仏座(ほとけのざ:小鬼田平子)、菘(すずな:蕪)、蘿蔔(すずしろ:大根)の身近な田草に取って代わっていったらしい。

明治維新後、文明開化による西洋化が進む中で封建時代の風習は、都市部から時間をかけ農村部に至るまで本来の信仰要素を失い形式化していったと考えられる。特に、核家族化による世代交代は、お年寄りから伝承される機会を急速に奪って行ったに違いない。今日的には、七草粥はお正月料理で疲れた胃腸に優しく回復を促すなどの働きがあると理解されているようだ。

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◎七草がゆの材料[2013年1月7日撮影:山崎]130107七草@エコカフェ.JPG

 2013.1.25追記






◎民家の庭先で食べずに栽培されることになった春の七草たち[2013年1月29日撮影:文京区@山崎]130129七草@エコカフェ.jpg

 2013.3.10追記
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