あらたうと青葉若葉の日の光

ビーグル号の航海日誌 2009年05月26日 01:13

060520_1300~0001.jpg05210001.jpg元禄2年卯月朔日、松尾芭蕉は弟子、河合曽良を伴い日光山内を訪れた。芭蕉46歳、その時に詠んだ句である。新暦で5月21日、320年前、偶然にも先日の訪問日と符合。

日光山内は二社一寺とも、1999年12月2日、東照宮、二荒山神社、輪王寺を構成する国宝9棟、重要文化財94棟とこれらを取り巻く遺跡が世界文化遺産として登録された。時を経て山内の杜は姿を変えているだろうが、青葉若葉は陽光を伴い今も清々しく私たちを迎えている。

東照宮は元和3年(1617)徳川初代将軍徳川家康を「東照大権現」として祀る神社である。一方、二荒山神社と輪王寺は奈良時代に下野国の僧勝道上人が山岳信仰の社寺として創建したものである。「二社一寺」とは、明治初年の神仏分離令以後のことで、江戸期までは、二社一寺全体を「日光三山」あるいは「日光三所権現」と称し、神仏習合の信仰が行われていた。

05210004.jpg二荒山とは観音菩薩が住まわれる補陀洛山(ふだらくさん)に因んで今の「日光三山」(男体山、女峯山、太郎山)に名付けられたもので、後に弘法大師が「二荒」を「ニコウ=日光」と音読みし、これが「日光」の地名ともなったという。「日光三山」は各霊峰とされ、新宮権現として大己貴命(オオナムチノミコト)、滝尾権現として田心姫命(タゴリヒメノミコト)、本宮権現として味耜高彦根命(アジスキタカヒコネノミコト)が古くから信仰されてきた。これらの神には、それぞれ本地垂迹説によると千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音の仏様が当てられている。輪王寺は、9世紀半ば、僧円仁が三仏堂などを創建して以降、天台宗寺院として信仰を集め、現在も本堂(三仏堂)にはこれらの仏様が祀られている。

東照宮の脇には文明開化が生んだ「明治の館」があり、そこで日本版画院理事長の見目陽一氏や宇井社長らにお会いし、里山や石仏、自然との共生、子供たちのことについて語ることができた。エコカフェの活動に痛く共感していただけたのが嬉しかった。ギャラリーの玄関には棘のない蔓バラ、樹令70年のミヤマモッコウが見事に黄色い八重花をたわわにつけていた。ここのチーズケーキ(日瑠草:ユニバーナ)はきめの細かな舌ざわりで最高だ。
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