火山噴火による溶岩原を訪ねて

⇒森林づくり+α 2009年05月19日 03:28

IMGP6036.JPGIMGP6025.JPGIMGP6030.JPGIMGP6039.JPG昭和58年(1983年)10月3日に南西山麓に火口列ができ噴火があり溶岩流が阿古地区を飲み込んでいった。一夜の出来事だったそうだ。
一行は阿古地区の小学校・中学校があった場所に広がる溶岩原を観察しに行った。玄武岩質溶岩のため黒っぽい色をしている。溶岩ボールや溶岩樹型もあった。後で海岸の断崖を見ると縦状の節理が確認できた。
「キュルル」の西村さん、長岡さんら3名が案内をしてくださった。
溶岩原の下には民家や校庭があったとされるが、溶岩流を阻んだ校舎や体育館の残骸が痛々しく流れの痕跡を記憶していた。
溶岩原には荒地の先駆者であるハチジョウイタドリが長い根を下ろし点々と逞しく育っていた。続いてハチジョウススキが根をおろし、根に根粒菌が共生するオオバヤシャブシも進出してくるだろう。次にヤブツバキ、ヒサカキ、オオバイボタなどがくる。植生回復には順序があり、これを植生遷移という。
三宅島は太古から噴火が繰り返され、そのたびに植物たちは溶岩原の荒地に根を下ろし、遷移を経て豊かな森を形成してきたことになる。
途方もない時間をかけてこの島の自然は育まれ紡がれてきたことになる。
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