節分会から一考を

ビーグル号の航海日誌 2009年02月03日 15:58

 019.jpg今日は、2月3日節分です。
節分は、季節の境目のことをいうそうです。
ですので、年4回(立春、立夏、立秋、立冬の前日)あるのですが、現在は立春の前日だけを節分と指すようになりました。

エコカフェ事務所のそばに、豊川稲荷があります。
今日はそこで芸能人などがきて節分会の豆まきが行われました。
豆がまかれると狭い境内のなかで、いっぱいの人たちが右往左往。
皆さん、福を呼び込もうと必死でした。
今年もエコカフェに福をもってこようと必死にとったものが、どういう意味のものかもわかりませんが、なんとなくご利益がありそうです。
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【節分行事の起源】
節分の行事は平安時代頃からの宮中の年中行事である「追儺」(ついな)」が、室町時代頃から寺社の邪気払いに行った豆まきとして風習化し、江戸時代には庶民の間にも広まっていったらしい。
節分は季節の変わり目、立春、立夏、立秋、立冬の各前日をさし、年4回を数えるが、取り分け、立春は昼のエネルギーがどんどん強くなることから(自然界、生命の)再生を意味し、重要視されたのであろう。この時期は邪気が生じやすいとされたことによる。確かに季節の変わり目には体調不良や害虫発生など人の目に見えない現象が現れ、それは度々人にとって害となることがあったのであろう。
大豆には霊的な力が宿るとされ、他の神事にもよく使われる。煎り豆を使うのは拾い忘れた豆から芽が出ることを縁起が悪いとするのが通説らしい。
豆まきのやり方は落花生を使ったり、掛け声も地域によってずいぶん異なるらしい。

豆まきは、日本を創造した国常立命(クニトコタチノミコト)を若く反逆的な天之若日子神(アメノワカヒコノカミ)が艮(うしとら)の方角の牢屋に閉じ込め、撒いた豆から芽が出たら出してやるとしたため、むしろ邪気(鬼)が生じるとされてしまったことによるのだろう。
一方、アメノワカヒコノカミは逆らうことを良しとする天邪鬼(アマノジャク)、邪心の本体であって、仁王様や天部の足元に踏みつけられているのをよく目にする。
国常立命はスサノオノミコトでもある。煎った豆から芽が出ることは無いのに、可笑しなことではありませんか。この考察からすると豆撒きの趣旨が時代の流れの中で取り違えられてしまったということになるのではないでしょうか。

posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(2) | TrackBack(0)
この記事へのコメント
節分会お疲れ様です。
何か、ご利益があるといいですね。

関係ありませんが、ライオンの着ぐるみが
ちょっと気になりました。
Posted by あやせっこ at 2009年02月04日 08:57
あやせっこさん

いつもブログを見てくださりありがとうございます。
ライオンさんは、映画「マダガスカル2」の宣伝で着ていたようです。(ペンギンさんもいました)
ちなみに、左側には松平健さんと林家いっ平さんが豆まきをしています。
Posted by エコカフェ事務局 at 2009年02月04日 09:03
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