なぜ、四日市に諏訪神社が

ビーグル号の航海日誌 2015年07月20日 01:45

150717諏訪神社鳥居@エコカフェ.jpg四日市は石油化学コンビナート工場の町。近鉄四日市駅とJR東海四日市駅の中間点の街中あるのが諏訪神社。何故この地に諏訪神社があるのだろう。境内は広く摂社のほかに政成稲荷大明神、菅原神社なども祀られているようだ。諏訪神社といえば信州にある諏訪大社の分霊に違いないからである。そこで云われを調べてみた。[2015年7月17日撮影:四日市市@山崎]

創建は1202年(建仁2年)、信州の諏訪大社から勧請したとある。150717政成稲荷大明神@エコカフェ.jpg祭神は行動力(武)に優れた大国主命の御子で弟の建御名方命(たけみなかたのかみ)、兄の言霊(文)を司る八重事代主命(やえことしろぬしのみこと)の2柱。ただし、文献からは15世紀前後、初代浜田城主田原赤堀美作忠秀の父が上野国赤堀から進出、元々赤堀で屋敷神として祀っていたことに由来すると推察されるという。大国主命が天照大神から国譲りを迫られたとき、最後まで抵抗したのが建御名方命、出雲から信濃(諏訪)へ逃れ、そこを開拓し、害獣を退治し、農耕・養蚕を広めたとされている。五穀豊穣の神。狩猟の神、武神として崇敬。古く出雲の地から東へと大きな人びとの移動があったと考えてよさそうですね。

田原氏進出に伴い四日市・浜田の産土神とされた。江戸時代には四日市が東海道の宿場町として栄え、八重事代主命が「えびす様」と同一視されたことから「えびす講」が盛んとなり、天津神々の地でしっかり永らえた。1873年(明治6年)に新社格制度のもとで県社、1916年(大正5年)には四日市市に移管され、今日に至ります。


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