太田姫稲荷神社は古を今に

ビーグル号の航海日誌 2015年02月22日 15:24

150222太田姫神社A@エコカフェ.jpg神田駿河台の一角に太田姫神社が鎮座します。旧社名は一口(いもあらい)稲荷神社。江戸時代には、神田明神、寛永寺とともに江戸城の鬼門を守護したそうです。[2015年2月22日撮影:神田駿河台@山崎]

創建は長禄元年(1457年)、主祭神は倉稲魂神(宇迦之御魂神)、菅原道真、徳川家康。末社に金山神社。社伝によると、太田道灌の愛娘が重い天然痘(疱瘡)に罹った際に、故事を聞き一口稲荷神社を勧請し、江戸城本丸内に社殿を建立。150222太田姫神社@エコカフェ.jpgその後、道灌に白狐が現れ、江戸城の鬼門を守るとの託宣があり、城内の鬼門に遷座し、太田姫稲荷大明神と奉唱した。慶長11年(1606年)、江戸城改築に際して、西丸の城外鬼門にあたる神田川の右岸(現、聖橋南詰の東側)に遷座。明治5年(1872年)、村社とし「太田姫稲荷神社」に改名したという。昭和6年(1931年)、総武線開通工事に伴い、現在の地に遷座されたそうです。旧社所在地に残されたムクノキ(椋の木)には「元宮」の木札と神札が貼られています。

京都の一口稲荷神社は、承和6年に小野篁(平安時代第一の漢詩人)が荒海の船上で普門品を唱えているときに波間に出現した白髪老翁から、疱瘡から守護するためのお告げがあり、「太田姫の命」を祀ったという故事が残されているそうです。


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タグ:神田駿河台
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