会津下郷の高倉神社に古を

ビーグル号の航海日誌 2015年01月05日 20:34

141101高遠神社第一鳥居@エコカフェ.JPG茅葺屋根の民家が並ぶ大内宿の街道脇にひときわ大きな白木の鳥居が立っている。高倉神社(旧高倉大明神)の鳥居で注連縄が結ばれ結界を示し、これより先は神域であることを強く意識させています。 [2014年11月1日撮影:会津下郷大内宿@阿部]

一の鳥居を潜り、田園の中に伸びた参道の先右手に弐の鳥居、潜ると鬱蒼とした森に入り、小川を渡り長い階段をゆっくり上り、灯篭を過ぎると参の鳥居があり、神社拝殿があります。その右脇には樹齢800年の老杉が見事です。141101雨の大内宿@エコカフェ.JPG創建は鎌倉末期から南北朝の頃(1330年代)と伝承。主祭神は高倉宮以仁王(高倉宮は後白河天皇第3皇子)。由来は伝説による。時は治承4年(1180年)、源頼政の依頼で諸国源氏の協力をあてに平清盛に反旗を翻し、京都宇治川で合戦、破れて頼政は討死、高倉宮は行方不明(追撃されたとも逃れたとも)。伝説によると、高倉宮は、近江から東海道を経て甲斐、信濃、上州沼田、尾瀬、檜枝岐、伊南、大内(当時山本村)、只見を抜け越後に落ち延びた。宮の後を追った橘姫、長旅の末、宮に逢うこと叶わずにして逝去。後に、大内村と改名し、宮の御霊を勧請したようだ

死亡説(「平家物語」)によると、都を脱出した宮は光明山寺の鳥居前で追撃。なるほど、木津川市(旧山城町)綺田神ノ木には高倉神社とその境内に宮内庁管理の以仁王大墓(御陵)が知られます。一方、京都市綾部にも養和元年(1181年)創建の高倉神社があるなど各地に知られ、当時の人気の高さが伺えます。


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