田中地蔵は今日に何を

ビーグル号の航海日誌 2014年12月22日 20:00

131002田中地蔵尊@エコカフェ.JPG元代々木の住宅街を歩くと地蔵通り商店会の一角に「地蔵尊」が鎮座しております。田中地蔵尊と称されているようです。渋谷区教育委員会による案内版があり、次のように解説されています。今日、この解説から何を受け止めればよいのでしょう。[2013年10月2日撮影:渋谷区@山崎]

「単価地蔵尊縁起」によると、元文三(1738)年十月、向井七左エ門が、五穀成就、庶民安楽、子供の延命を祈って、福泉寺領の田地に地蔵尊を安置したといわれています。その後、寛政ニ(1790)年に、奈良岡寺の観音像を模写し、各尊像の台座を新調して田中地蔵と呼びました。広い境内(敷地一畝約100平方メートル)に杉一本を植えて村人たちの目標としました。毎年七月廿四日を縁日とし、この日には、農民や子供たちが集まって祭典を行っていました。131002田中地蔵@エコカフェ(代々木上原).JPG131002庚申塔@エコカフェ.JPG
 右の石仏が、如意輪観世音菩薩像
 中央の石仏が、鶏亀地蔵菩薩像
 左の石仏が、延命地蔵菩薩像
といわれています。
 左手前に、享保十(1725)年につくられた庚申塔が建っています。

庚申塔には、庚申信仰の主尊の青面金剛とその足元に三猿が添えられています。三猿が添えられるのは、8世紀頃に天台宗系留学僧が『論語』にある「不見・不聞・不言」の教えを日本に伝え、後に猿を神使とする山王信仰が庚申信仰と習合したためとの説があります。


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