厳原の宿坊西山寺の変遷は

⇒エコツアー 2014年11月18日 01:43

141108西山寺山門@エコカフェ.JPG対馬一日目。初日宿は厳原西山寺の宿坊。西山禅寺の石碑のある階段を上がると西山寺本堂と鐘楼、左手には以酊庵が佇んでいます。朝5時から本堂で、15分×2の座禅修行が行われ、一人だけの参加。前夜、柏崎市役所の職員一行も宿泊していたようです。[2014年11月7日撮影:対馬エコツアー@阿部]

天平13年(741年)の聖武天皇の「国分寺建立の詔」を受け、対馬には島分寺が整備された。元安元年(857年)の変により炎上、翌年、国府嶽(こうだけ)の麓に大日堂を建立し、大日寺と号す。141108西山寺階段@エコカフェ.JPG時代が下り、永正9年(1512年)、宋貞国夫人の菩提寺となったことから、法号に因み西山寺と改号、真言宗から臨済宗に改宗。享保17年(1732年)の日吉にあった朝鮮通信使一行の宿泊所でもあった以酊庵が焼失したことから、その機能が西山寺に移され、西山寺は瑞泉院に移されたが、明治元年(1868年)、以酊庵が廃寺となり、元へ戻られたという。

境内には幕府の命により日朝関係に尽力した外交僧の玄蘇(げんそ)・玄方(げんぼう)の墓があり、玄蘇が文禄4年(1595年)に民の神宗万暦帝から「日本国光禅師」の号を賜った際に授かった蜀紅錦の袈裟など以酊庵の遺品も伝承されているという。


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タグ:対馬
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