会津下郷の大内宿は賑やか

ビーグル号の航海日誌 2014年11月02日 09:42

141101大内宿街道@エコカフェ.JPG深まりゆく秋に大内塾は新たな顔、新たな役割を演出している。江戸時代には下野街道の宿場町として栄えた。当時の人びとは半農半宿の生活だった。周囲を神龍ヶ岳や六石山など1000m級の山々に囲まれた盆地(標高800m)にあり、夏は暑く、冬は豪雪で厳しいという。[2014年11月1日撮影:会津訪問@阿部]

全長450mほどの往還の両側に、萱葺きの寄棟造りの古民家が保存され、重要伝統的建造物群保存地区に選定。本陣は戊辰戦争で焼失、後に復元、往時は600名規模の参勤交代で大いに賑わったという。141101大内宿案内板@エコカフェ.JPG141101大内宿本陣@エコカフェ.JPG名物は「ネギ蕎麦」、お箸の代わりにネギを用いるが、伝統的な食べ物ではないようだ。今日では年間80万人もの物観光客が訪れる観光名所となっている。お土産は地元の名産も多いが、店の運営はこの地に住んでいた宿の所有者しかできないという。そうすることで大内宿全体を守っているのだという。

このような宿場町は、長野県の妻籠宿、奈良井宿、海野宿、福井県の熊川宿、三重県の関宿、兵庫県の福住が同様に保存地区に指定されています。


関連記事(佐渡宿根木の小さな観光ボランティアガイドさん)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ


posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※エコ・カフェ事務局が承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/105166236
※エコ・カフェ事務局が承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

▲このページのトップへ