コロッセウムが今に語ることは

ビーグル号の航海日誌 2014年10月01日 20:45

120822コロッセオ@エコカフェ.JPGローマ市内にある通称コロッセウム(コロッセオ)は、正式名称を「フラウィウス円形闘技場」、古代ローマ帝政期の建造物である。ネロ帝の黄金宮殿(ドムス・アウレア)の庭園にあった人工池跡に建設したもので、通称の由来は、近くにネロの巨像(コロスス)があったことにあります。[2012年8月22日撮影:ローマ@山崎]

西暦75年、ウェスバシアヌス帝が着工したが急逝、後を継いだ息子、ティトゥス帝が79年に完成。完成前には、ベスビオ火山の噴火による都市ポンペイの壊滅、ローマの大火災などの災難に見舞われ、まさに威信を懸けた象徴的大事業となったようだ。120822コロッセオ内部2@エコカフェ.JPG120822コロッセオ内部3@エコカフェ.JPG建物の大きさは、長径188m、短径156mの楕円形で、最高部が48.56mもあります。中央に長径86m、短径54mの闘技を行う楕円形アレナがあり、周囲をアーチ構造で支えられた階段状の観客席が囲み、収容観客数は座席4万5千、立見席5千の規模を誇る。アレナに一番近い大理石の座席が元老院議員、その上が騎士階級、その上が商人や職人などの上級市民、最上席が一般市民。外観はアーチ構造が4層に積層し、その表面を大理石の化粧が施され、下層からドリス式、イオニア式、コリント式、複合式の建築オーダーにより見事に装飾されている。構造材は火山灰を利用したローマン・コンクリートであって、鉄骨が無いにもかかわらず円筒構造になっているため力学的な強度に優れるという。落成式は100日間のイベントが催された。模擬海戦や戦車レース、猛獣狩り、囚人の処刑、剣闘士による闘いが繰り広げられ、ローマ市民を熱狂させたという。

時は下り、404年に剣闘士試合が中止、523年に猛獣演技が廃止され、残酷な死のショーに幕が下ります。詩人ユウェナリスは「パンとサーカス」によりローマ市民は政治的盲目に置かれている指摘したのですが、目の前の関心を目くらましできても、それこそが最終的にはローマ帝国の滅亡を導いたのも史実のとおりであります。


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