庚申供養塔が伝えるものは

ビーグル号の航海日誌 2014年06月29日 23:22

140628三猿と青面金剛像@エコカフェ.JPG代々木八幡神社境内に隣接し庚申塔がひっそりと建っています。年代は宝永6年(1710年)、宝暦5年(1755年)、寛政6年(1794年)と刻まれているという。庚申信仰は中国の道教思想に基づくもので、江戸時代に民衆の間で盛んであったとされます。

宝永年間と言えば、元年(1705年)に羽後・陸奥で地震、宝永3年、5年、7年、8年に浅間山噴火、宝永4年に南海トラフを震源とする宝永地震(M 8.4から8.7)が発生し、その49日後には富士山の宝永噴火、6年に三宅島噴火、人びとは天変地異に恐怖おののいたに違いありません。140628庚申塔看板@エコカフェ.JPG140628庚申塔@エコカフェ.JPGそんな中、庚申塔はこの地の人びとによって建立されていったのです。

庚申塚や庚申塔は寛永年間頃から各地に広く建立されたが、明治時代に入ると政府は撤去を命じたものの徹底され切れずに、今日まで残っている。しかし、現代人からはすっかり忘れ去られた存在のようです。


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