東勝寺跡と腹切りやぐら

ビーグル号の航海日誌 2015年02月09日 00:48

150201腹切りやぐら立看板@エコカフェ.JPG無情の空間。時は元弘3年(1333年)、元弘の変により鎌倉幕府は北条一族とともに滅亡。東勝寺跡と腹切りやぐらはその証のようです。訪ねた時も辺りはひっそりと静まりかえっていました。[2015年1月31日撮影:鎌倉@山崎]

元弘元年(1331年)、後醍醐天皇は倒幕運動を起こす。笠置山で挙兵、楠正成は河内で挙兵するも幕府の鎮圧で後醍醐天皇は隠岐島に配流。元弘3年、楠木勢は再挙、播磨、伊予でも蜂起。150201東勝寺跡@エコカフェ.JPG下野の足利尊氏の大軍を派遣するが、後醍醐天皇の隠岐脱出を知り、尊氏は幕府に反旗、六波羅探題を滅ぼし、都を制圧。新田義貞は一族や周辺豪族を参集し鎌倉攻めを決行。北条一族と家臣は東勝寺に籠るが、870名が切腹し自害。鎌倉幕府は滅亡した。

日本における二重権力と言われる権威(天皇)と執政(幕府)は「勝てば官軍」、政治的に勝利した者を正当な支配者として事後的に権威づけるに過ぎなかった。鎌倉幕府、室町幕府、そしてやがては「我が、我が」の戦国時代の到来となるのです


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タグ:鎌倉
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