思い出の「チョコ電」を増穂町に

ビーグル号の航海日誌 2015年01月10日 23:46

141228山梨交通電車の車両(江ノ電に再就職)@エコカフェ(和田).JPG増穂町は山梨県中央部に位置し、平成の大合併で2010年に、鰍沢町と合併して富士川町となった。旧増穂町に「山梨交通株式会社電車の歴史」と題した看板が掲げられ、薄小豆色の古びた車両が展示してある。どことなく見たことのあるような。[2014年12月28日撮影:山梨県富士川町@和田晃]

明治から大正にかけて隆盛を誇った鉄道馬車は、大正15年に山梨交通株式会社により甲府と甲斐青柳間で電車運行が開始されたそうだ。141228山梨交通の電車の歴史@エコカフェ(和田).JPG全長20.3km、所要時間は約55分。上下線ともに30分間隔の運行、年間の利用者数は年間2、3百万人に上ったという。時代の波は早く訪れ、昭和37年に廃線、バスに切り替えられたという。当時の廃止車両のうち2両が長野県上田丸子電鉄へ引継がれ、さらに昭和46年に江ノ島電鉄に継承。「チョコ電」の愛称で親しまれたが、昭和61年に任を終え引退し、故郷に里帰りしたんだそうです。

各地域で電車が廃止され、バスに切り替えられた変遷の歴史を伝える貴重な生き証人と言えよう。何時まで、静かに語りかけ続けてくれるのだろうか。やがて人々の記憶、歴史の彼方に消えてゆく運命にあるように思われてならない。


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センリョウ(千両)は原始的

111119センリョウ@エコカフェ.JPG鎌倉源氏山公園の片隅で赤い実をつけているセンリョウが土砂降りの天に耐えていました。3年2月程前、深まりゆく秋としては珍しい大雨でした。名前の由来は冬期に赤い果実が千両の値打ちがあるとしたことにあります。マンリョウと同じように、正月に床の間を飾る縁起ものです。[2011年11月19日撮影:第11回自然観察会@阿部]

センリョウ(千両、仙蓼、学名:Sarcandra glabra(Thunb.)Nakai)はコショウ目センリョウ科センリョウ属の常緑小低木。分布は本州関東南部以南、四国、九州、南西諸島、国外では東アジアからインドにかけて広く、温暖な照葉樹林内に自生。樹高は50pから100cmほど、葉は対生し薄く草質で淡緑色、葉身4pから6cmほどの長楕円形から卵状楕円形で葉縁に鋭鋸歯、葉先は尖ります。花期は6月から7月頃、枝先に小花が集まって咲きます。小花は花弁や萼を欠き、雌蕊柱頭1個、子房脇に雄蕊1個がつきます。果実は径6mm前後の球形の核果、冬季に赤色に熟します。

センリョウの茎は木質化しているが木部を構成する導管はなく、導管への遷移過程である仮導管だそうです。小低木としたが、木と草の中間的な特性があって、原始的被子植物の一群(無導管植物)であるそうです。


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タグ:鎌倉 広域種
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