対馬厳原町豆酘の美女塚

⇒エコツアー 2014年11月20日 00:05

141108美女塚@エコカフェ.JPG対馬二日目。対馬は民話が多く残る島でもあります。下島から上島へと昼食処を探しながら車を走らす。豆酘地区に入り、案内板に導かれるように「美女塚」へ。ほっこりと肩が流れた石碑が立っています。『美女塚伝説』を紹介します。[2014年11月8日撮影:対馬エコツアー@阿部]

昔、豆酘の村の阿比留の家に鶴という美しく賢い親思いの娘が住んでいました。評判は遥か遠く都まで届き、あるとき采女として都へ召喚されることになりました。都へ上がる日、村が見下ろせる山道に駕籠が差しかかった時、別れの願いを申し出、駕籠を下りました。141108美女塚石碑@エコカフェ.JPG年老いた母を残していく悲しみに耐えられず、「美しく生まれたために、二人は悲しみにあうのなら、これからは、この里に美女が生まれませんように!」と叫ぶと同時に舌を噛み、自らの命を絶ったという。村人は親思いの鶴を深く哀れみ『鶴王御前』と呼び、美女塚を建て弔ったのだという。采女とは、古代天皇の宮廷に、地方豪族の娘が出仕したもので、慣行化されていたものを大化の改新の時に制度として確立されたものだそうです。

この時以来、村の娘たちは顔が目立たぬように手ぬぐいで隠し、ハギレを縫い合わせて作ったみすぼらしい地域独特の衣服「はぎとうじん」を身にまとい、「濁し」が入る汚い豆酘方言が生まれたという。すごいことです。


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タグ:対馬
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