和多都美神社は神代にいざない

⇒エコツアー 2014年11月18日 08:00

141108和多都美神社正面鳥居@エコカフェ.JPG対馬二日目。神々の島、第二弾は豊玉町仁位浅茅湾東岸にある海宮(わだつみのみや)、和多都美神社です。創建は不詳、貞観元年(859年)に清和天皇から従五位上の神階を賜る。古くから竜宮伝説が残り、神代の昔、この地に海神である豊玉彦尊が宮殿を造り、「夫姫(おとひめ)」と名付けたという。鳥居が5つあり、うち2つは海中にあり、神秘的な世界を創っています。[2014年11月8日撮影:対馬エコツアー@阿部]

主祭神は彦火々出見尊(ひこほほでみのみこと)と豊玉姫命(豊玉彦命の二女で伊弉諾尊と伊弉冉尊の孫娘)の夫婦神。141108和多都美神社海方向鳥居@エコカフェ.JPG大潮になると潮が神殿近くまで達し、豊玉姫命と彦火々出見尊の出逢いに由来する「玉の井」や磯良恵比寿の御神体などが鎮座。豊玉姫命は豊玉彦尊の娘、神武天皇の祖母。『古事記』では、海幸山幸伝承に登場する女神。航海の守護神として人びとから深く信仰。ある時、彦火々出見尊が失った釣り針を探し、この宮に3年滞在、豊玉姫命を娶り妻としたと伝承。本殿裏手の海宮山には照葉樹林の原生林が広がり、一角に古く斎場であったと思しき磐座があり、その手前に戦後に造られた「豊玉姫命の墳墓(御陵)」の壇があります。

九州には式内社は107社あるが、なんと対馬に29社、壱岐に24社が集中しているそうです。古神道の流れをくむ古い神々が多く鎮座していることが分かります。ならば、古代の人びとの世界観を学ぶにはうってつけの地と言えるのでしょう。


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厳原の宿坊西山寺の変遷は

141108西山寺山門@エコカフェ.JPG対馬一日目。初日宿は厳原西山寺の宿坊。西山禅寺の石碑のある階段を上がると西山寺本堂と鐘楼、左手には以酊庵が佇んでいます。朝5時から本堂で、15分×2の座禅修行が行われ、一人だけの参加。前夜、柏崎市役所の職員一行も宿泊していたようです。[2014年11月7日撮影:対馬エコツアー@阿部]

天平13年(741年)の聖武天皇の「国分寺建立の詔」を受け、対馬には島分寺が整備された。元安元年(857年)の変により炎上、翌年、国府嶽(こうだけ)の麓に大日堂を建立し、大日寺と号す。141108西山寺階段@エコカフェ.JPG時代が下り、永正9年(1512年)、宋貞国夫人の菩提寺となったことから、法号に因み西山寺と改号、真言宗から臨済宗に改宗。享保17年(1732年)の日吉にあった朝鮮通信使一行の宿泊所でもあった以酊庵が焼失したことから、その機能が西山寺に移され、西山寺は瑞泉院に移されたが、明治元年(1868年)、以酊庵が廃寺となり、元へ戻られたという。

境内には幕府の命により日朝関係に尽力した外交僧の玄蘇(げんそ)・玄方(げんぼう)の墓があり、玄蘇が文禄4年(1595年)に民の神宗万暦帝から「日本国光禅師」の号を賜った際に授かった蜀紅錦の袈裟など以酊庵の遺品も伝承されているという。


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