会津若松東山温泉の今昔

ビーグル号の航海日誌 2014年11月02日 10:37

141101東山温泉街@エコカフェ.JPG奥州三楽郷のひとつ、東山温泉、かつては賑わった。開湯は8世紀後半とも天平年間とも、伝承では八咫烏(やたがらす)に導かれて発見という。湯川の渓流沿いに20軒ばかりの温泉宿が展開。滝が多いことから滝のつく温泉宿が多い。[2014年11月1日撮影:会津訪問@阿部]

日本経済は、平成3年(1991年)2月、安定成長期の終焉、いわゆるバブル崩壊を迎え、以降20年にわたり低迷を続けることになる。消費も雇用も冷え込み、デフレーションに突入、2000年代後半に好景気が訪れるが、リーマンショックで腰折れ、後退する。141101湯川@エコカフェ.JPG141101三滝@エコカフェ.JPGこの間、日本の地域経済は厳しい状況を余儀なくされた。会津東山温泉も例外ではなく、民事再生などにより温泉宿の多くは経営者が代わっていったという。3.11による風評被害の後遺症もまだ尾を引いているというが、地域の人びとの地道な努力が続き、最近では外国からの観光客も増えてきているという。

この10月からは世田谷下北沢に会津美里町のアンテナショップ「会津問屋」が12月末までの限定でオープンしています。行動こそが一番大切なのです。


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会津下郷の大内宿は賑やか

141101大内宿街道@エコカフェ.JPG深まりゆく秋に大内塾は新たな顔、新たな役割を演出している。江戸時代には下野街道の宿場町として栄えた。当時の人びとは半農半宿の生活だった。周囲を神龍ヶ岳や六石山など1000m級の山々に囲まれた盆地(標高800m)にあり、夏は暑く、冬は豪雪で厳しいという。[2014年11月1日撮影:会津訪問@阿部]

全長450mほどの往還の両側に、萱葺きの寄棟造りの古民家が保存され、重要伝統的建造物群保存地区に選定。本陣は戊辰戦争で焼失、後に復元、往時は600名規模の参勤交代で大いに賑わったという。141101大内宿案内板@エコカフェ.JPG141101大内宿本陣@エコカフェ.JPG名物は「ネギ蕎麦」、お箸の代わりにネギを用いるが、伝統的な食べ物ではないようだ。今日では年間80万人もの物観光客が訪れる観光名所となっている。お土産は地元の名産も多いが、店の運営はこの地に住んでいた宿の所有者しかできないという。そうすることで大内宿全体を守っているのだという。

このような宿場町は、長野県の妻籠宿、奈良井宿、海野宿、福井県の熊川宿、三重県の関宿、兵庫県の福住が同様に保存地区に指定されています。


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