代々木八幡遺跡が語るものは

ビーグル号の航海日誌 2014年10月24日 23:33

141018代々木八幡遺跡出土品@エコカフェ .JPG現渋谷区周辺は、縄文時代の頃、幡ヶ谷丘陵、渋谷川が谷をつくり、豊かな照葉樹林と葦原、その先には広大な干潟が広がり、渡り鳥や多くの生き物が暮らしていたようです。今日のアスファルトにコンクリートジャングルの姿からはとても想像ができない世界が広がっていたのです。[2014年10月18日撮影:代々木八幡神社@山崎]

そもそも渋谷区内には、埋蔵文化財の存在が推定されている遺跡包蔵地102ヶ所が確認されています。アスファルトやビル、造成跡を取り除くと、丘陵地を刻む渋谷川など幾筋かの川と谷、海進海退を繰り返した海蝕段丘跡や古の住居跡などが眠っていることになります。恵比寿地区には縄文後期・晩期の豊沢貝塚、代々木八幡神宮内(標高32m)には縄文中期(約4500年前)の竪穴式住居跡、鶯谷町には旧石器時代(約2万年前)の石ナイフ出土、縄文中期(約4600年から4000年前)竪穴式住居70棟と弥生後期(約1800年前)竪穴式住居25棟もの大規模集落跡、猿楽町には弥生時代の住居跡や古墳時代の円墳などが確認されています。代々木八幡遺跡では復元住居や出土品が展示されています。

当時の住居周辺は海岸性照葉樹林のこんもりとした森が迫っていたに違いありません。森にはイノシシやシカ、草原ではノウサギが暮らし、河川にはシャケ(鮭)が遡上していたでしょうし、海岸の岩礁域ではサザエ(栄螺)やカキ(蛎)なども豊富にとれたことでしょう。


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