大本山相国寺は禅宗起源の一派

ビーグル号の航海日誌 2014年01月19日 21:20

121127大本山相国寺@青柳.jpg121127大本山相国寺@青柳_n.jpg京都上京区にある相国寺は臨済宗相国寺派大本山の寺院、全国に末寺約100ヵ寺を擁す。創建は室町時代、1382年(永徳2年)、山号を萬年山、開基は足利義満、開山は夢想疎石。本尊は釈迦如来という。京都五山の第2位、五山文学のメッカであったそうです。[2012年11月27日撮影:京都上京区@青柳]

創建は義満が祖父尊氏の天竜寺建立にならったとし、往時には50余りの塔頭寺院を構えるほどであったが、戦火、大火により何度となく消失、復興を繰り返したという。明治初期の廃仏毀釈は威勢を削ぐには決定的でもあったとも。現存する法堂は1605年(慶長10年)に豊臣秀頼の寄進で再建、日本最古のもの。堂内天井には狩野光信による見事な「鳴き龍」が描かれています。鹿苑寺(金閣寺)慈照寺(銀閣寺)は、相国寺山外塔頭でもあります。

臨済宗は、中国禅宗五家(臨済、潙仰、曹洞、雲門、法眼)のひとつであって、宋時代の中国に渡り学んだ栄西らにより、鎌倉時代に日本に伝えられ、曹洞宗が豪商や民衆に広まったのに対して、武家政権に支持されていったそうです。相国寺派はその一派です。


関連記事(檀林寺は古の彼方に)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ



posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ

本妙寺は赤穂義士の寺とも

120129堀川寺ノ内 本法寺@青柳.jpg京都仁王門通に面した妙本寺は日蓮宗妙覚寺派の寺院。山号を祥光山、天本尊は題目釈迦多宝仏。境内には赤穂浪士のうち、貝賀弥左衛門友信、その兄吉田忠左衛門兼亮、その子吉田沢右衛門兼貞、と友信の妻おさんの合祀石碑があります。[2012年1月29日撮影:京都左京区@青柳]

本妙寺の縁起。鎌倉時代、1315年(正和4年)、日蓮の法孫の日像による洛北岩倉の地を巡行した際、代官渡辺氏の帰依により自邸を寺として創立したが、ほどなく断絶。安土・桃山時代、1574年(天正2年)、妙覚寺18世の日典が京極新烏丸丸太町付近に再興。1708年の宝永の大火により類焼、1728年(享保13年)に7世日正が現在の地に本堂を再建、現在に至ります。

境内には義士堂があって、友信ゆかりの手槍など義士たちと交わした書状が納められているほか、赤穂浪士(四十七士)の木造も安置されています。観光寺院ではありませんので、境内はただただひっそりとしています。


関連記事(大本山妙蓮寺の十六羅漢石庭に)⇒
人気ブログランキングへにほんブログ村 環境ブログへ



posted by エコ・カフェ事務局 | Comment(0) | TrackBack(0)

▲このページのトップへ