小さな明月院の物語り

ビーグル号の航海日誌 2013年11月25日 23:59

111119明月院参道@エコカフェ.JPG111119明月院方丈@エコカフェ.JPG氷雨に濡れる明月院、臨済宗建長寺派寺院で山号を福源山、あじさい寺としても知られます。1380年(康暦2年)の禅興寺中興の命を足利氏満から受けた上杉憲方が創建・開基、開山を密室守厳、本尊は聖観音という。[2011年11月19日撮影:第11回自然観察会@阿部]

111119北条時頼公墓所@エコカフェ.JPG明月院には前身としての明月庵が伝えられ、平治の乱で敗れた山内首藤俊通の菩提供養として1160年(永暦元年)に建てられたそうです。関東十刹にまで数えられた禅興寺も明治初期に廃寺となり、塔頭であった明月院のみが残り今日に至ります。北条から眺める庭園も風情があって素晴らしい。境内には北条時頼公の墓所があり、立派な宝篋印塔が存在感を伴って建ち、境内奥には岸壁を掘りぬいた「明月院やぐら」には上杉憲方墓(宝篋印塔)などが安置されています。

雨模様だったせいか訪れる人は少なく、この小さな寺にまつわる栄枯盛衰の物語を想像するにはちょうどよかったような気がします。


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雨に洗われる銭洗弁財天宇賀福神社

111119宇賀福神社@エコカフェ.JPG111119銭洗弁財天入口@エコカフェ.JPGひどい雨だったことを思い出す。鎌倉を訪れた時のこと、北鎌倉駅に降り立った時は本降りではなかったので迷わず決行。ところが浄智寺に差しかかる頃から本降りに、山間に入るといよいよ足元に雨水が勢いよく流れるほどの土砂降りとなってしまった。銭洗弁財天に着く頃にはずぶ濡れになってしまった。[2011年11月19日撮影:第11回自然観察会@阿部]

111119宇賀福神社境内@エコカフェ.JPG巳の年の1185年(文治元年)の巳の月の巳の日の巳の刻に、戦乱の世を治め、天下泰平を願う源頼朝の夢見に宇賀福神からのお告げがあった。お告げに従い西北の仙境、佐助ヶ谷の岸壁に湧く霊水を見つけ、洞を掘り、社を建て、宇賀福神を祀ったという。これが宇賀神社の始まり。また、巳の年の1257年(正嘉元年)に北条時頼が霊水で銭を洗って一族の繁栄を願ったのが銭洗の始まりという。これが習合して銭洗弁財天宇賀福神社として親しまれたそうだ。明治の神仏分離令により、祭神を市杵島姫命とし今日に至るそうです。

岸壁に開けられた隧道を抜けると鳥居をくぐり、本宮に市杵島姫命、奥宮(洞窟)に銭洗水が湧き弁財天が祀られ、境内には上之水神社、下之水神社、七福神社も鎮座します。


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