須佐神社はシンボル的

ビーグル号の航海日誌 2013年11月18日 02:15

須佐神社@山口香林_n.jpgヤマタノオロチの神話に須佐之男命は英雄として登場。「スサ」とは「荒れる」や「洲砂=砂鉄」を意味するとも、この神様の性格を象徴しているように思われます。

須佐神社は淳和天皇の天長年間(824年から834年)に現在の地に遷祀、もとは宮尾山山麓にあったという。主祭神は須佐之男命(素戔嗚尊とも)、妻の稲田比売命、その両親の足摩槌命、手摩槌命を配祀。須佐之男命は乱暴な行為により、姉天照大御神が岩戸にこもり、高天原を追放されて出雲鳥髪山(現、船通山)に降り立ち、八岐大蛇を退治。国荒神的性格をもち疫神でもあることから、後に仏教における祇園精舎の守護神牛頭天王と習合していったと考えられています。

末社に、天照社(天照大御神)、東西社(祭神は天忍穂耳命、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野樟日命、市杵嶋姫命、田心姫命、湍津姫命)、三穂社(祭神は三穂津比売命と事代主命)、稲荷社(祭神は稲倉魂命)、随神門(祭神は豊磐間戸神、櫛磐間戸神)を擁し、なかなかです。


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出雲大社は古代神話のベールに

出雲大社@山口香林_n.jpg出雲大社2@山口香林_n.jpg神有月、旧暦10月11日から17日、出雲には全国から八百万の神々が国づくりの神議のため出雲大社に参集。その間、各地で田の神や家の神とされる荒神様が留守をするとされます。

出雲神社の創建は神代、主祭神は大国主大神です。国土(豊葦原瑞穂国)を拓き、農業・漁業を勧め、医業を開始した救いの親神様と言えるようです。『日本書紀』によると日本民族の大御祖の神である天照大神に私心なく国を譲り、感動した天照大御神が天日隅宮(出雲大社)を造り、第二子の天穂日命を仕えさせたという。天穂日命の子孫が出雲国造と称し祭祀を担い、現在は第84代出雲国造千家尊祐宮司氏が継いでいるそうです。

出雲神話にはヤマタノオロチ退治、因幡のシロウサギ、大国主の神話、葦原中国平定などがあります。夜はますます更けそうです。


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