曇天に舞う揚羽蝶

ビーグル号の航海日誌 2013年09月11日 10:44

130825_1349~03.jpg130825_1349~02.jpg恋の季節も終盤ですね。
気温もやや下がり夜には草むらで虫たちが鳴き声を競っています。
もう夏は終わりかけ秋が始まっているのです。
揚羽蝶は蛹で越冬します。
急がねば卵が孵り芋虫となり、いっぱい葉っぱを食べて脱皮を数度繰り返して漸くのことで蛹になるんです。
さあ残された時間は余りありませんよ。


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檜岐村の郷土料理を

130908熊肉炊き込みご飯@エコカフェ.JPGひのきやさんでお昼ご飯をご馳走になった。郷土料理に舌鼓をしながら、檜枝岐歌舞伎をはじめ伝統や地域文化の継承、田代・湿原の自然の素晴らしさ、世界にたった一つしかないものの本質に触れることができました。[2013年9月8日撮影:檜枝岐歌舞伎視察@山崎]

檜枝岐村は周囲を2000m急の山々に囲まれ、日の出が遅く、日没は早い、総じて日照時間が少ない。その上、標高が1000m弱と高いため気温が低いことから、土地は米作りには全く向いていないという。130908そばはっとう@エコカフェ.JPG痩せた土地でも収量のある蕎麦を中心に岩魚や熊といった蛋白質を摂取する独自の食文化を育んできた。「山人料理」と呼ばれている。熊肉は猪肉と同様に臭みが強いのかと敬遠しそうだが、山に実る美味しいものを食べているので賭殺方法や調理方法を間違えなければ臭みはないという。実際、熊肉の炊き込みご飯と熊油をかけた「そばはっとう」を食してみた。味付けは伝統的に塩のみだそうだ。炊き込みご飯は申し分ないコクのある深い味だ。熊油もコクがあるがサラッとしていてほどよい香りだ。今日的には熊料理は極めて大切なお客さんにしか出さないという秋田蕗や南瓜の煮つけ、行者にんにくの醤油漬け、鰊の山椒・野菜和え、岩魚一夜干しの唐揚げ、赤茸入り鰊の慣れ鮨などなど、81歳の老女将の作る手料理はまさに感動の連続であった

素材は無農薬栽培か野生採取、化学調味料を一切使わないご馳走に、感謝、感謝、ただただ頭が下がるばかり。お腹いっぱいで裁ち蕎麦までたどり着くことができなかったが、食の桃源郷に入り込んだ気がしました。


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タグ:檜枝岐村
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檜岐歌舞伎が脈々と伝えるもの

130907桧枝岐歌舞伎舞台@エコカフェ.JPG江戸時代から明治時代にかけては日本各地で農民歌舞伎が行われていたという。中でも子供だけで行われるものを子供歌舞伎と呼ぶ。農民歌舞伎では檜枝岐歌舞伎や秩父の小鹿野歌舞伎、伊那の大鹿歌舞伎がよく知られたところだろう。民俗芸能として発し、舞台芸術に発展し、郷土舞台芸として再び村落に回帰したのだそうだ。[2013年9月7日撮影:檜枝岐歌舞伎視察@山崎]

檜枝岐歌舞伎は最も古く、270年以上の歴史があるそうだ。130907鎮守神@エコカフェ(桧枝岐村).JPG130907星好久さんの奥様@エコカフェ(桧枝岐村).JPG夏の公演は、延宝3年(1675年)に村社・鎮守神社の祭神(鎮守神)として勧請した燧大権現(カツラギヒトコヌシノカミ)と駒岳大明神イザナギノミコト、アメモワカヒコ)の二神に奉納します。春の公演は、愛宕神社(享保20年(1735年)建立)の災害から守り五穀豊穣を司る愛宕神に奉納するそうです。鎮守神社境内にある茅葺屋根、総檜造りの現在の舞台は、明治26年焼失後に再建されたという。舞台脇には頭上を覆うようにヤマザクラの老木が立派である。花を咲かせる頃は得も言われぬ美しさであろう。

檜枝岐村の人口は600人強、村人でつくる「千葉之家花駒座」により代々受け継がれてきた。かつてこの地を襲った幾多の災害に耐え、共同体を維持する崇高な鎮守神と愛宕神に奉納し、村民らも共通の楽しみとしてきた。日本人の原点「」が脈々と受け継がれていることに驚かされます。


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