オベリスクは太陽神と王との一体の象徴

ビーグル号の航海日誌 2013年02月23日 23:35

070504トトメス1世とハトシェプストのオベリスク@エコカフェ.JPG070504ハトシェプスト女王のオベリスク折れた先頭@エコカフェ(カルナック神殿).JPGオベリスクは古代エジプトにおいて権力者である王はこの世を支配する絶対的な神、太陽神ラー(後にアメン・ラー)と一体化され、民衆にその権威を誇示するための象徴のひとつとしてオベリスクが建立されたと考えられます。そのためオベリスクの先端の四角錐の部分(ピラミディアン)には太陽神の顕わすため金薄板が装飾されていたそうです。さらにオベリスクの起源はヘリオポリス(現カイロの一地区)にあるベンベンの丘を模した再生と復活をつかさどる精霊が宿るとされる四角錐の石にあるといいます。その精霊が後に太陽神と習合し、オベリスクの頂上部に置かれることになったのです。ピラミッドの頂上に置かれた四角錐の石も同様です。写真はカルナック神殿のトトメス1世とハトシェプスト女王(高さ29.56m、折れたもの)、アメン神殿のセティ2世(単体)のオベリスクです。

070504セティ2世のオベリスク@エコカフェ.JPG古代エジプトでは1万2千年前頃から牧畜・灌漑農耕が始まり、紀元前3500年頃には都市の形成が始まったとされています。狩猟採集時代には精霊信仰であったが、定住と農耕が始まると、太陽信仰、つまり太陽の死と復活の営みこそが万物の営みを支配すると信じる太陽神ラーを神々の中心とする信仰が定着していったと考えられます。古代エジプトの人びとは太陽の日出と日没とともに太陽神ラー自体も変化し、日出のときはケプリ(スカラベの象徴)の姿として現れ、日中はハヤブサの姿をして天を舞い、夜は雄羊の姿で月の船に乗り死界を旅すると考えられています。

土着信仰における太陽神信仰は、古代西アジアのミスラ(ローマ、ギリシャでミトス又はミトラース)、古代イランのミトス、古代インドのミトラ、インカのインティなど、不思議なことに世界各地で見らるのも興味深いですね。


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サン・ピエトロ大聖堂とサン・ピエトロ広場のオベリスク

120822サン・ピエトロ大聖堂@エコカフェ.JPG120822サン・ヒエトロ大聖堂2@エコカフェ.JPGテレビ番組でイタリアを紹介していた。バチカン市国の南東端に位置するカトリック教会総本山、創建4世紀と伝えられるサン・ピエトロ大聖堂があります。現在のものは1626年竣工。もちろん世界文化遺産に登録され、いつも世界各地から訪れる観光客で賑わっています。[2012年8月22日撮影:バチカン市国@山崎]

120822サン・ヒエトロ広場@エコカフェ.JPG0386_サンピエトロ広場@エコカフェ.JPG120822ドーリス式円柱@エコカフェ(サン・ピエトロ広場).JPG教会堂の前には列柱広場として知られるサン・ピエトロ広場があり、中央に高さ25.37mのオベリスクが直立しています。このオベリスクは古代エジプト第12王朝の頃(紀元前20世)にヘリオポリスの太陽神殿に建てられていた2本のうちのひとつと伝えられ、太陽神ラーと王の権威を象徴しているのです。

古代エジプトのオベリスクの多くは少なからず戦利品として略奪にあった結果が現在に至っていることを忘れてはならないのではないでしょうか。 本家エジプトではわずかに見られるに過ぎません。年月という壁が何世代にもわたる人の交替の中で過去を清算してしまっているかのようです。


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