江島神社奥津宮の八方睨みの亀と亀石

⇒自然観察会 2012年12月07日 14:37

121117八方にらみの亀@エコカフェ.JPG121117奥津宮@エコカフェ.JPG江ノ島の植生は単純で、典型的な海岸性の照葉樹林の森が広がっています。断崖、崩落地などの急峻な地形もあって単純な森といっても階層構造や海岸との距離により変化に富んだ植生を観察することができます。ここでは植生の話ではなく、八方睨みの雲竜図に続き、江ノ島でみた『八方睨みの亀』と亀石を紹介します。[2012年11月17日撮影:第14回自然観察会@阿部]

121117亀石@エコカフェ(江ノ島).JPG奥津宮江島神社の一番奥にあります。御祭神は天照大御神と素戔嗚尊の一番上の子、三女神のひとり、多紀理比売命です。拝殿の天井に『八方睨みの亀』が描かれています。1803年(享和3年)、酒井抱一作と伝えられるが、本物は宝物殿に収められレプリカが掲げられているのです。亀は多紀理比売命お使い、不老長寿の象徴ともされます。「八方睨み」は邪気を祓い拝殿を守る意味があるのでしょう。ちなみに、中津宮の御祭神である一寸島比売命(弁財天女と習合)のお使いは龍(蛇)だそうです。

拝殿の手前には鎌倉四名石のひとつ「亀石」があります。案内板には、別名に「蔵六石」ともいい、1806年(文化3年)に弁秀堂なる人物が金光明最王経の写経とともに奉納したとあります。近くには力比べをしたという「力石」もあって当時の賑わいが伝わってきて頼もしい気分になります。


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建長寺に八方睨みの雲竜図が

071225建長寺三門@エコカフェ(鎌倉).jpgここでも「龍」を取上げましょう。鎌倉の建長寺法堂天井に大きな八方を睨む『雲竜図』が描かれています。2003年(平成15年)に創建750年を記念し小泉淳作画伯の手によるものです。京都の建仁寺法堂天井の『双龍図』もそうでした。建長寺は建長5年(1253年)に創建、本尊は地蔵菩薩、開基は北条時頼、臨済宗建長寺派の大本山で山号を巨福山、寺号は建長興国寺です。[2007年12月25日撮影:鎌倉@阿部]

071225雲龍図@エコカフェ(鎌倉).jpg071225庭園と得月楼@エコカフェ(鎌倉).jpg「龍」は中国から伝来し、古来日本の自然崇拝の中で誕生した蛇神信仰と融合していったと考えられます。日本神話に登場する「八岐大蛇(やまたのおろち)」や古墳の四神のひとつ「青龍」、各地で民間信仰の「水神」、「龍宮」が祀られたりしています。中国では「五爪の龍」は皇帝・天子の象徴、属国とされた朝鮮半島では「四爪の龍」しか許されず、日本には「三爪の龍」しか伝えられなかったと言われています。また、「龍」は仏法を守護する空想上の瑞獣と考えられました。鎌倉時代に浄土宗、浄土真宗、禅宗、日蓮宗が登場すると、禅宗においては仏法を説く法堂の空間を守るために天井に「龍」を描くこととされたようです。建長寺の龍も建仁時の龍も現代に描かれたものであるためか、「五爪の龍」であって作者の力強い気迫が感じられます。

建長寺のある場所は鎌倉の中心部からひと山越えた北側の要所に位置し、もともと「地獄ヶ谷」と呼ばれる処刑場であって、地蔵菩薩を本尊とする心平寺が建っていたそうです。当時は集落の外に処刑場、火葬場があったようです。鎌倉では墓はやぐらです。江戸時代に寺請制度が徹底されると寺内に墓地ができ、浄土真宗で火葬、他宗では埋葬が一般的になってようです。


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タグ:自然観察会
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