タチテンノウメ(立ち天の梅)の不思議

⇒エコツアー 2012年09月20日 23:55

100507タチテンノウメ@傘山入口車道反対側.JPG小笠原諸島、この夏は台風の直撃はなく大した影響もなかったようです。エコカフェでは小笠原諸島の独自の進化過程にある生態系に触れ、生き物たちの神秘を学び、新たな気づきを日常生活や人生に役立てようとエコツアーを実施しています。小笠原諸島の乾燥した傘山稜線の岩礫地では小笠原固有種のタチテンオウメとシラゲテンノウメが見られます。ここではタチテンノウメを紹介しましょう。[2010年5月7日撮影:小笠原エコツアー「ケータ島沖(聟島列島)と小笠原固有植物の森をめぐる旅」@山崎]

100507タチテンノウメ(花)@笠山山頂.JPGタチテンノウメ(立ち天の梅、学名:Osteomeles boninensis Nakai)はバラ科テンノウメ属の常緑小低木。分布は小笠原諸島の聟島、父島、兄島、弟島、母島、妹島、姪島に限り、乾燥した岩場に自生。樹高は約0.5mから1.5m、幹は斜上し株立ちします。風衝帯では矮低化。葉は奇数羽状複葉、小葉は光沢があり線状楕円形で先がと尖ります。小葉は13対か14対ほどつきサンショウの葉に似ていて、葉縁や主脈上に綿毛を残します
花期は3月から4月頃で、枝先の葉腋から散房花序をだし梅の花に似た白色の小さな花を咲かせます。花は径約12mm、花弁5枚、雄蕊多数。果実は径約10mmの球形で秋に熟すと黒紫色になります。

分布が一部の島に限られているが、かつて小笠原諸島は一つの大きな島嶼であったと考えられており、そのころに移入した海浜植物であったテンノウメが独自に進化し、山の上まで生息域を広げていった。その後、海面上昇や島の沈降があって地形的には現在のような多くの島嶼からなる小笠原諸島となり、また、他の競合する植物の進入などで生息域を乾燥した尾根筋に追いやられてしまったのではないでしょうか。


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八重山戦争マラリア犠牲者慰霊の碑

100812ヤエヤマ戦争マラリア犠牲者慰霊の碑@エコカフェ.JPG尖閣諸島海域では日中の緊迫な情勢が続き、中国国内では反日デモが繰り広げられているとの報道が目につく。これに呼応するかのように為替相場や株式市場も敏感に反応している。加害者も被害者。いつも犠牲になるのは一般市民であることを為政者は忘れてはいけないと肝に銘じたい。

時は1945年5月末、大本営は沖縄本島の日本軍の指揮機能が失われたと判断し、八重山地域を台湾所在の第10方面軍の管轄下に移管。100812お参り@エコカフェ.JPG同年6月2日、八重山地域においては軍の作戦展開の必要から地域の住民が悪性マラリアの有病地域である石垣島、西表島の山間部へ強制的に避難が発せられたという。避難住民の多くは衛生状態の悪い苛酷な生活の中で相次いでマラリアに罹患し、3000名以上が終戦を前に帰らぬ人となりました。[2010年8月12日撮影:石垣島@山崎]

県営バンナ公園内には犠牲者の御霊を慰め、その悲惨さを後世に永く伝え、世界の恒久平和創造への礎となることを祈り、平成9年3月29日に「八重山戦争マラリア犠牲者慰霊の碑」が建立されました。今日でも私たちに不変のメッセージを投げかけてくれています。
合掌。


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