佐渡島宿根木の共同井戸は

⇒エコツアー 2012年08月22日 21:23

120805十王坂の下@エコカフェ(宿根木).JPG120805共同井戸@エコカフェ(宿根木).JPG佐渡島3日目。小佐渡の最南端に位置する宿根木集落は西廻りの千石船(北前船)の寄港地として発展。宿根木の国重要伝統的建造物保存地区の街並みと建築物については先に紹介したのでここでは「共同井戸」について紹介したい。[2012年8月5日撮影:佐渡島エコツアー@阿部]

宿根木集落の発展は同時に人口の増加を意味し、江戸時代中ごろからは急速な人口増加に伴って、旧集落のあった「谷の中」には収まりきらず、「高の山地区」や「新田地区」へと集落全体が拡大していったという。120805十王坂上のお地蔵様@エコカフェ(宿根木).JPG120805十王坂の上@エコカフェ(宿根木).JPGしかし、海岸段丘上に位置する「高の山地区」にあっては、水不足が起こり、解決のために「共同井戸」が建造された。当時はつるべによる汲み上げだったのでしょう。近代化してからの手押しポンプは今も利用でき、汲み上げられた水は冷たく澄んでいます。
「共同井戸」の右手脇に下りてくる「高の山地区」からの十王坂の石段のすり減りが当時の人びとの毎日毎日の暮らしと遠い年月を感じさせます。十王坂の上、集落の出口にはお決まりの「集落の結界の守護神」である「お地蔵様」が今も鎮座しています。ちなみに十王信仰の閻魔王は地蔵菩薩でもありますよ。

宿根木集落をはじめ佐渡島の集落は神仏習合の信仰と直結した街並みや雰囲気を今に色濃く残しているのではないでしょうか。


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佐渡島の名刹、妙宣寺の縁起は

120805妙宣寺二王門@エコカフェ(佐渡島).JPG佐渡島3日目。宿根木集落から真野港に向かう途中に妙宣寺に立ち寄りました。天候に恵まれ、空は青く遠く真夏の太陽がギラギラしています。森はこんもりと深い緑を抱え、蝉の声ばかりがうるさいほどに耳つきます。時折の海から吹く風ばかりが、気持ちを落ち着かせてくれます。[2012年8月5日撮影:佐渡島エコツアー@阿部]

妙宣寺は古くから北陸道七ヶ国法華の棟梁で、寛文年中延・池上・中山三ヶ寺の輪番所となり、1878年(明治11年)に独立本山と定められた日蓮宗佐渡三本山のひとつです。120805妙宣寺五重塔を@エコカフェ(佐渡島).JPGこの寺は1221年(承久3年)に佐渡に流された順徳上皇の護衛侍の遠藤為盛(阿仏房日得上人:1271年の日蓮聖人の配流の際に直弟子に)が開基、山号を蓮華王山、本尊は釈迦如来です。はじめは新保(金井町)にあったが、嘉暦元年(1326年)に雑太城主本間泰昌の居城付近に写し、1589年(天正17年)に現在の地に移ったといいます。

境内には、1825年(文政8年)に建立された五重塔(高さ24.1m)があり、国重要文化財に指定され、新潟県内では唯一のものだそうです。120805妙宣寺五重塔@エコカフェ(佐渡島).JPG120805金剛力士(阿行)@エコカフェ(妙宣寺).JPG120805金剛力士(吽行)@エコカフェ(妙宣寺).JPGこの塔は日光東照宮の五重塔を模し、相川宮大工の茂三右ェ門・金蔵の親子が30年かけて完成させたというが、各層に勾欄がないことから未完ともいわれています。面白いですね。

仁王門は1677年(延宝5年)に建立、大願寺の山門と同じで茅葺屋根で当時は朱塗りされていたようです。この寺の守護神である阿形(右)と吽形(左)の仁王尊(金剛力士)が鎮座しています。


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